第36話 角頭右良は真名井亜陸と仲良くなりたい
キャアアッ、と悲鳴にも似た完成が体育館に響く。
まるで羽根でも生えているかのように、右良が華麗なダンクシュートを決めたのだ。
「うひゃー、すご」
日菜が興奮を抑えきれずに呟く。
「なんか、ぜんぜん牛って感じしないね」
「牛は牛でも、インパラとかそっち系なんじゃない?」
「うわ、動き速――って、ちょ、また点入れた」
「モノが違うって、こういうことなのかな」
種族の違いも大きいのだろうが、それにしても右良の身体能力は図抜けている。
体育の授業のたびに彼女のファンは増え続け、中には授業をサボってまで応援にくる女子もいる。
しかも、そうした観客たちに愛想よく手を振り返したり、笑顔を振りまいたりするものだから、その人気は留まるところを知らなかった。
「こりゃ王子様だわ」
「そうだね。一緒に恋バナするより推したくなるって気持ち、わかる」
「お? 日菜もあの輪に加わってみたい?」
「う、ううん。わたしはいいよ。それより――」
日菜は不安そうに亜陸を見た。
「ああいう人気のあるコと仲良くなると、みんなから嫉妬されちゃうんじゃないかって……」
「右良のほうから声かけてきたんだよ? それってたぶん、友達が欲しかったんじゃないかな。ファンじゃなくってさ」
「そ、そうかもだけど……」
「大丈夫。右良サマのなさることに下々が意見するなんて、それこそ不敬ってもんでしょ」
「あーちゃん、強くなったね」
「わたしは昔から強いよ」
コートでは、右良のいるチームが大差勝ちを収めたところだった。
亜陸が軽く手を振ると、気づいた右良がやってきた。
激しく動き回っていたはずだが呼吸は乱れておらず、汗もそれほどかいていない。
「大活躍じゃん。かっこよかったよ」
「サンキュ。この後は亜陸のチームと試合だよね。楽しみだなあ」
「それなんだけど、わたし、ここでは普通の女の子で通ってるんだよね」
「えー、本気でやってくれないの? 萎えるんですけど」
「ごめんね」
亜陸の正体については、霧矢たち家族と日菜の他、ごく限られた者しか知らない秘密である。
「まあ、事情があるみたいだし、しゃあないか」
「わたしとしては、なんでわかったのか気になるんだけど」
「ん~……うまくいえないけど、感覚的なものかな。体内のマナの巡り方になんとなく違和感があるとか、魂と肉体の境目が普通の人間よりはっきりしてる感じ?」
「なるほど。いわれてもわかんないわ」
「まあ、ウチってばマナ感知に関しては天才らしいし? マナの薄い人界だと、よけいに変化がよくわかるんだよね」
得意げに語る右良のようすは、やんちゃな少年のようだった。
「あー、それにしても惜しいなあ」
「そんなにわたしとバスケ勝負したいの?」
「べつに競技にはこだわらないけど」
ふむ、と亜陸は考え込んだ。
「それなら、うちくる?」
「へっ?」
「あ、いや。うちっていうか、居候先? だから、いちおう許可取らないとだけど、割と広いお庭もあるしさ」
「いいね、絶対いく! 亜陸のお兄さんにも会いたいし」
「やらんぞ」
「あーちゃん、目が本気」
その日の夕方、亜陸と日菜、右良の3人は、リスレッティオーネ邸にいた。
授業が終わったのでモルテに連絡を入れたら、あっさり許可が下りたのである。
「そいつか? 幻界人の友達ってのは」
「え、うそ! ちっちゃいメイドさん! かわいいー!」
出迎えたリナを見るなり、右良は目の色を変えて彼女に抱きついた。
「子供みたい! マジかわいんですけど。なんかおばあちゃんちみたいな匂いがするー」
頬を擦りつけ、頭を撫でまわす。
みるみる、リナの面相が凶悪になっていった。
「……おい。コイツしばいてもいいか?」
放っておいたら本当にしばき倒しそうだったので、亜陸と日菜のふたりがかりで右良を引きはがした。
「あ~、もっとなでなでさせて」
「中庭を使わせてもらうんだから、お行儀よくしなさい」
「はぁい。そういえば、亜陸のお兄さんは?」
「モルテと一緒にもうすぐ帰ると思うぞ」
「そっか。楽しみだなぁ」
ワクワクが抑えきれないといったようすで、右良は顔をほころばせた。
「いっとくけど、モルテお姉ちゃんとのあいだに割り込む隙なんてないからね。ちょっかいかけようとしてもムダだよ」
「え~。でも、それだと亜陸も困るんじゃない?」
からかうような、探るような表情で右良は訊ねた。
リスレッティオーネ邸の中庭は、ちょっとしたテニスコートくらいの広さがある。
女子高生3人がはしゃぎ回っても、なにも問題なさそうだ。
「いちおうバスケのボールは持ってきたけど、なんもないじゃん」
「そこは任せとけ、ガキども」
リナがパチリと指を鳴らすと、3体のスケルトンが現れた。
そして、1体が1体を肩車し、最後の1体がもう2体を肩車する。
3体編成の人間(人骨)梯子の完成だった。
一番上のスケルトンは、大きなバケツを抱えていた。
「まさか、これが」
亜陸が呟く。
「そう。バスケットゴールの代用ってワケだ」
ドヤ顔でリナは宣言した。
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