第35話 角のあるクラスメイト

「兄に女ができました」


 昼休み、亜陸は向かい合わせにした机に弁当をひろげながら、親友の佐原日菜に報告した。


「え? お兄さん、モルテさんと別れたの?」

「そうじゃなくって、あのふたりがくっついたの!」


 沈痛な面持ちで、食いしばった歯から絞り出すように告げる。


「なんだ、とっくに付き合ってると思ってた。てっきり、新しい女の人が現れたのかと」

「ちがうよー。そんなややこしい話じゃないって」

「現実に起こることって、意外とシンプルなものなのかもね」

「悟ったみたいにいわないで」


 で、どうしたらいいと思う? と亜陸は日菜に訊ねた。


「どうしたらって――あーちゃんはどうなって欲しいの?」

「もちろん、ふたりが別れて兄さんはわたしと付き合う」

「無理じゃない?」

「無慈悲!」


 亜陸は天に向かって叫んだ。


「フリでもいいから、なんか考えてよ~」

「無茶いうなあ」


 日菜は困り顔で、パックのいちごミルクを口に含んだ。


「あたしとしては応援したいけど、あーちゃんはそれでいいの? 恩人なんでしょ」

「恩人だし、モルテお姉ちゃんのことも好きなんだよ~。だからなるべく穏便に、ついでにわたしがなにかしたってわかんないようなやり方で」

「超えるべきハードルは高い上にたくさんだぁ」

「そうなの」

「前にいってた、既成事実を作るってやつは?」

「それが最近、ますます兄さんのガードが固くなって――はっ! まさか、ついに一線を……!?」

「振っといてなんだけど、生々しくてヤだな」

「あ~!! 考えてみればたしかに、ふたりのあいだの空気が前とちがう気がする! こう、目と目があったときの反応とか」


 暴走をはじめた亜陸を、日菜が生暖かい目で見守っていると、


「なんか面白そうな話してんね!」


 割り込んできたのはクラスの女子のひとりだった。

 中性的な顔立ちと引き締まった体形。

 短くした髪は明るい茶色で、黄色い瞳がくるくるとよく動く。

 なにより目を引くのは、額に生えた2本の角だった。


「えっと――たしか、角頭かくずさん、だっけ?」

「そ、角頭右良うら。角頭でも右良でも、好きなほうで呼んで」

「か、角頭さん……こういう話、興味あるの?」


 日菜は緊張ぎみに訊ねた。


「うん。なんか興味なさげに見えるみたいで、誰もウチに恋バナ振ってくんなくってさあ」


 右良は、学年ごとに設けられている幻界人枠の生徒である。

 要するに、留学生のようなものだ。

 黙っていれば美少年のような容姿もあって、とにかく目立つ存在であり、亜陸も登校初日から認知はしていた。

 ただし、ちゃんと会話するのは初めてだ。


「右良ちゃんは鬼の人――鬼族オーガっていうんだっけ?」

「残念。よく間違えられるけど、ウチは牛人族タウラス

「そうなんだ。角、かっこいいね」


 亜陸がそういうと、牛人族の少女は得意げに笑った。


「でしょ? さわってもいいよ」


 亜陸は一瞬、躊躇した。

 人間にはない器官にふれることが、デリケートな意味合いを持つのではないかと疑ったからである。

 しかし、当人が屈託なく頭を差し出してくるので、おずおずと指でつついた。


「もっとガッといっていいから」

「そ、そお?」


 亜陸はうなずき、ドアノブを握るように右良の角をつかんだ。


「うわ、かた……なんか、中身も詰まってる感じだね」

「すごいっしょ? 車のドアぐらいなら余裕でブチ抜けるよ」

「そうなんだ」


 子供がおもちゃを自慢しているような言い方に、亜陸は笑いをこらえきれなかった。


「それで、真名井ちゃん」

「亜陸でいいよ」

「じゃあ亜陸。聞こえちゃったんだけど、亜陸には交尾したい相手がいるの?」

「こッ――!?」


 これにはさすがに亜陸も絶句し、日菜は小声で「三戦さんちん?」と呟いた。


「ああ、ごめん。こっちではあんまりそういう言い方しないんだっけ?」

「う、ううん。わたしが聞こえるような声で話してたのも悪かったし」

「あーちゃんは高校になってからはっちゃけすぎ……というか、色々ゆるくなってると思う」


 日菜が批難がましい目つきをしたのは、ブラコンの度が過ぎていじめを受けた過去があるからだ。

 しかし、その件について、亜陸はまったくこたえていない。

 それどころか、半ば開き直ってさえいた。


「わたし、兄が好きなんだよね」

「カッコいいの? 見てみたいな」


 亜陸は目を丸くした。

 思ったより好反応――というか、予想外の食いつきだった。


「え……引かないの?」

「いや。こっちじゃ珍しくないのかと」

「う~ん……そういう文化もあるっちゃあるんだけど、ふつうはインモラルとされるかなあ」

「インモラル。いい響きじゃん」


 軽い調子でいってくる分、かえって本気度は髙そうに思えた。


「それにさ――」


 右良はすこし身を乗り出し、声を落とした。


なんて、面白いと思うよ」

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