第34話 ハメを外した翌日に
「はあ……死にたい」
翌日、掃除のためモルテの部屋に訪れたリナーシタが見たものは、小卓に突っ伏して頭を抱えている主の姿だった。
「遅行発動の蘇生魔法を使って、死と再生を5回ぐらい繰り返したい気分……」
「そんくらい自己嫌悪に陥ってるってわけか。なるほど」
リナは表情を変えず、テキパキと仕事に取り掛かる。
まずは窓とカーテンをあけ、動かせる家具を一方の壁際にまとめて床を広くする。
「ほら。邪魔だから部屋を出てくか、ベッドにでも移動してくれ」
「ひどいです、リナ。わたしがこんなに落ち込んでいるのに」
「酒でのやらかしならもっとヒデーこともやってただろ」
「キリヤ君の前では見せないようにしてたんですよぉ……」
めんどくせえ、という感想を顔全体で表現しつつ、リナはため息をついた。
「……ま、それとなくフォローしといてやるけどよ。たぶん、霧矢の奴なら気にしてねーと思うぜ」
「なんだかんだ、リナは優しいですよね」
ベッドの上で芋虫のように寝転んだモルテは、うつ伏せの状態から枕にあごを乗せた。
「いちおう、親父さんにいわれてるからな。お前の面倒を見てやってくれって」
「お父様があなたを作ったのなんて、わたしが赤ちゃんの頃でしょう。律儀に守り続ける必要はないんですよ」
「無茶いいやがる。アタシらにとっちゃ、創造主の命令は絶対なんだぞ」
「その割には、だいぶ遠慮がなくなってるように思えますけど?」
「さすがに何百年も経てばな。それか、親父さんの力が弱まってるのかも」
リナはなんでもないことのように口にしたが、それを聞いたモルテは、枕に顔をうずめたまま考え込んでしまった。
「お、おい! 黙るんじゃねえよ。変な空気になるじゃねーか」
「……そうですよね。いつになるかはわからないけど、わたしより、あなたの方が先にいなくなってしまうのですね」
「だから結婚相手が欲しいって話になったんだろ、忘れんなよ。そんで、ちゃんと
「わかってます」
深く息をつきながら、モルテは枕を抱える腕に力を込めた。
◇
「よッス、真名井。今日はモルテさんいないのか?」
教室に入ったおれを見つけて村井が声をかけてきた。
「二日酔いでダウンしてる」
「意外。モルテさんってちゃんとしてるイメージなのに」
「いや、素は案外ふつうっていうか、抜けてるところもあるぞ」
「ッカ~ッ! のろけか? やってらんねえなオイ」
他の友人たちもそうだが村井は特に、その場にいるいないに関わらずモルテの話を振ってくることが多い。
たぶん、単純に好みなのだろう。
「もはやお前ら、ふたりセットがデフォっていうかさ。そんな感じだから、真名井ひとりしかいないとハズレ引いた気分だよな。芸人でいうところの‟じゃない方”みたいな?」
「安心しろ。そういう時のために私がいる」
出たな、ベルデ・エメロンド。
遅れてきたヒーローみたく、腕組みして後ろの席から見下ろすんじゃあない。
「おはようベルデ。朝から意味不明だな」
「モルテに代わって君のそばにいる、実に明快ではないか。なにを疑問に思うことがある」
「なあ、モルテさんはなにもいってこないのか?」
村井が小声で訊ねる。
「最近は友人枠ってことで許容してるみたい」
裁定者との一件以来、モルテのベルデに対する態度はかなり軟化している。
おれを助けてくれたこと、友人としての一線を守っていることなんかが大きいようだ。
正式に付き合うようになって、心の余裕が生まれたという面もあるのかもしれない。
「おはよー」
「なになに、何の話?」
「真名井が羨ましいって話」
村井の奴め、他のみんなが集まってきてもモルテの話を続けるのか。
まあ、本人がいないほう話しやすいのかもしれないが。
あと、おれの反応を面白がってるな?
「モルテさん、今日はいないのかー」
「残念。過酷な日々の、数少ない癒しだったのに」
「あの人、ほんとキレイだよね。肌とか」
「肌だけじゃないっしょ。髪も目もスタイルも、ウチらとは造りが違うってゆーか」
「あれがエルフってもんなのかぁ」
そこでいったん、皆の視線がベルデに集まる。
「……なんか、オーラとか出てる? キラキラしてる気がするんですけど」
「わかる。やっぱモノがちげえわ」
「フッ……さもあろう。不躾な視線も、羨望のそれならば心地よくもある」
ベルデが髪をかきあげる。
要するに、鑑賞しても構わないということらしい。
「でも、さすがにベルデさんは大学に馴染みすぎだよね」
「わかる。ちょっとありがたみが薄れたってゆーか」
「やっぱモルテさんなんだわ」
「はぁ~。ねえ、真名井君。明日はモルテさん来るよね?」
「ちょ、ちょっと君たち?」
ベルデはかつての‟近づきがたい美人”から、‟いじられキャラ”へと移行しつつある。
当人にとっては不本意かもしれないが、皆に受け容れられているという意味で、いい傾向だと思う。
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