第33話 出張サービス

「YO! HO! YO! HO! 毎度おなじみ繰崎人形工房でぇーっす! 出張メンテサービスで参りましたぁー☆」


 インターフォンからかしましい口上が聞こえてきた。

 人形師・繰崎糸男ことフィラト・マニポラーレが、陸のメンテナンスのため訪れたのだ。


「お待ちしておりました、フィラト」

「うぇーい、モルっち、おはおはだよ。リナたんもおひさ~☆」

「よッス」

「モ、モルっち……」


 フィラトのノリは相変わらずで、モルテはひきつった笑顔を浮かべていた。


「実はいいお酒が届いたからさぁ~。お仕事終わったら一緒に飲もうぜィ」

「楽しみにしてます」

「フィラトさん、今日はよろしくお願いします」


 おれも陸と揃ってフィラトに挨拶した。

 昨夜辺りから、陸は少し緊張しているようだったので、フィラトの軽すぎるノリはかえってありがたいかもしれない。


「彼ぴクンもおひさ☆ アリクちゃん、元気してた~?」

「は、はい……」

「これからひと月ごとにようす見にくるから、よろぴくね♪」


 さっそく陸のボディの状態を診たいというので、フィラトを陸の部屋に案内した。


「さてさて、こっからはプロの仕事……っちゅーワケで、アリクちゃんとふたりっきりにしてね」

「兄さん……」


 陸が不安そうな目でおれを見てくる。


「大丈夫です。わたしたちは外で待ちましょう」


 モルテがそういうので、向かいにあるおれの部屋で時間を潰すことにした。


「メンテって、どれぐらいかかるんだろう?」

「特に異常がなければ10分程度かと」


 ふーん、そうなんだー、などと思いつつ、リナの淹れてくれた紅茶を飲んでいると、ドアの向こうから陸の声が聞こえてきた。



「ふあっ……んっ……ああっ……やんっ」



 え、なに? なんなのこの声。

 紅茶を噴きそうになるのをこらえ、モルテのほうを見ると、彼女はブンブンと首を横に振った。



「やめっ……そんな……ふぁっ……あっ、あっ……」



「モルテ」

「わ、わたしはなにも知りません!」

「いや、その反応。明らかに知ってるでしょ」

「あくまでメンテナンスです。それ以上でもそれ以下でもありませんから!」

「具体的にナニしてるんだよ」

「そんなこと、わたしの口からはいえません。キリヤ君のえっち!」


 はああああ!?

 やっぱり、いかがわしいことシてるんじゃないか!

 おれは椅子から立ちあがりかけた。

 だが――どうする?

 向こうの部屋に踏み込んだとして、妹のあられもない姿を目にすることになったら……

 いやいや、と気を取り直し、覚悟を決めておれが手を伸ばしたところで、バン! とドアが開いた。


「メンテ終了ぉ~♪ どっっっっこにも異常なし! さすがウチの作品! アンド大事に使こてもろてサンキュ~☆」

「………」


 ハイテンションで報告するフィラトの横で、陸は顔を赤らめながらシャツの裾と襟元を押さえていた。


「だ、大丈夫だったか、陸?」

「う、うん……」


 全然そうは見えないが。


「本当か? 正直に話してくれてもいいんだぞ」

「しょ、正直にって――兄さんのえっち!」

「へぶっ!」


 ビンタされた。

 動く人形リビングドールなので、パワーがすごい。

 うわー、これ、絶対手形がついてるやつだ。

 心配しただけなのに。ひどい……







 その日の夕食は、いつにも増して賑やかだった。

 フィラトが同席していたからである。

 リスレッティオーネ邸に客が訪れること自体珍しいため、リナも気合の入り方が違った。

 腕によりをかけた料理が次々卓に並び、祝賀パーティーかなにかのような様相を呈している。


「いやぁ~、我ながら惚れ惚れするわ。きめ細かくて、シミひとつないなめらかな肌! まさにアート! 神ってる職人のワザだと思わない? モルっち」

「そこはまったく同意れすぅ~。まぁ~、わたしはあなたと違って、隅々までたしかめたわけれはないれすけどぉ~」

「あのー……さすがに恥ずかしいんですけど? わたしにとっては自分の身体を話題にされてるわけですし」


 卓につく女性三人は、三人とも顔を赤くしていた。

 陸は羞恥から。モルテとフィラトは酒を口にしているためだ。

 フィラトの持ってきた酒は、幻界でも有名な酒蔵で造られたものらしい。

 人界こちらでいうところの上等な日本酒に近く、うっすら緑がかった透明な見た目をしており、ふたりはそれをグラスに注いで飲んでいる。

 酒が飲めないおれたちに合わせているのか、モルテはふだん、あまり酒を嗜まない。

 たまに血のように赤いワインをリナに用意させ、肉料理と一緒に愉しんだりもするが、それも月に数回程度だ。

 それが今夜は、フィラトという陽キャを話し相手として得たせいか、ずいぶんと勢いづいている。

 カパカパと杯をあけているフィラトほどではないにしろ、夕食が始まってから、すくなくとも5杯は飲んでいるはずだ。


「キリヤくぅん……さっきからこっちをじっと見て。ひょっとして混ざりたいんれすかぁ~?」


 モルテの口調は気だるげで、呂律も若干怪しくなっていた。

 とろんとした目をこちらに向け、指はグラスを弄んでいる。


「未成年だから飲めないって、さっきいったろ」

「冗談。冗談れすよう。でも、ちょっと。ちょっとだけ、香りらけでも嗅いれみてくらさい」

「ちょ、ちょっと、モルテお姉ちゃん! 無理やりはよくないって」


 陸も止めたが、モルテは構わず隣の席にやってきて、グラスを鼻の前に突き出した。

 完全にバグっている距離感にドギマギしつつ、おれはスンスンと鼻を鳴らす。


「い、いい匂いだね。柑橘系のフルーツみたいだ」

「でしょお? ああ……これが味わえないなんてぇもったいない。はやく大きくなってぇ、一緒に飲めるようにならないかなぁ」

「大きくって……どうせエルフの感覚なら一瞬だろ」

「それもそうれす! 寝て、そんれ起きたらぁ……もう大人ってことれすねぇ?」


 モルテはけらけらと笑い転げた。

 いま、なにか面白いこといったか?

 とまあ、おれは半ば呆れてはいたが、残り半分は、初めて見るモルテの姿に喜びを感じてもいる。


愉しそうなモルテの姿を見られて嬉しいとも感じている。

 こんなモルテは珍しいし、かわいらしくて、色っぽくもある。


「でも、まだらめです。もう少し、我慢して下さいねぇ?」


 舌足らずなセリフ。しどけなく身体を傾け、しなやかな指はグラスの縁をなぞっている。

 潤んだ瞳をこちらに向け、口許には小悪魔のような微笑が浮かぶ――

 そんな彼女に、おれの目は釘付けになり、心臓はうるさいくらいに高鳴っていた。

 ああ、くそ。我ながらチョロくて嫌になる!


「あ。いま、やらしーこと考えてたっしょ?」


 反対側に座ったフィラトが、おれの肩に腕を回してきた。


「そ、そんなことないですよ」

「えー? だって、モルっちのこと、ジーっと見てたじゃん?」


 うう……酒臭い。


「フィラトさん、離れて下さい! 兄さんもデレデレしない!」

「しとらんわ!」

「らめれすよぉフィラト。キリヤ君はわらしのものなんれすからぁ~」


 三人がかりで前後左右に揺さぶられる。

 やめて。

 酔ってないのに吐いちゃう。

 結局、見かねたリナが止めに入るまで、おれは翻弄され続けた。

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