第25話 急転

「さて。そろそろ話してくれまいか」


 ベルデの問いは唐突だった。

 講義終わりの雑音の中、ごくごく自然に発せられたこともあり、うっかりスルーしてしまいそうになる。

 ベルデはそれを許さなかった。


「君に取り憑いていた妹の件だ。まさか、私が忘れているとでも思っていたのか?」


 正直、思ってました。


「な、なんで急に?」

「急ではない。ずっとようすを伺っていたんだ」


 ベルデは腕組みし、むふん、と鼻息を荒くした。


「次に会ったら妹の霊は肩から消えていたし、君も健康そうだったから、放っておいても大丈夫だと判断した。それで、あの女はいったい、どんな方法で問題を解決したのかな?」


 ああ、これは感づかれているな。

 隠しても無駄だとあきらめ、おれはすべてを話した。

 案の定、話を聞くうちに、ベルデはみるみる渋い顔になっていった。


「で、聞いてどうするんだ? モルテを罰するつもりなら、おれも同罪だ」

「私からはなにもしない。一度敗れてもいるわけだし、あくまで自然な流れで、君が目を覚ますのを期待していたんだが――」


 あの見守りモードは、そういうことだったのか。


「目を覚ます、といわれてもな。たぶん、そんなことにはならないと思うぞ」

「どうも君は、我々エルフが単なる偏見や、長年の敵対心からダークエルフや死霊術ネクロマンシーを否定していると思っているようだな」

「ちがうの?」

「ちがう。こと死霊術ネクロマンシーに関しては、明確な理由があるのだ」


 ベルデの眼光が鋭さを増す。

 周囲の気温まで下がったかのような、張りつめた空気が漂った。


「死体を魔力によって動かせば死霊術ネクロマンシーだと思っている者も多いが、厳密にはそうではない。優れた魔法使いであれば、その程度は容易にできる。真の死霊術ネクロマンシーとは、モルテもいっていたとおり、魂と生命の力を操る術なのだ」


 幻界からもたらされた知識のうち、もっとも衝撃的だったのは「魂の実在」だとする者も多い。

 様々な前提を覆された科学は変革を余儀なくされ、倫理は揺らぎ、宗教学は色んな意味で勢いづいた。

 世界のあちこちで混乱が起こり、結構洒落にならない事件もあったらしいのだが、その辺りの事情を嬉々として語ってくれたのが、他ならぬベルデだったりする。


「生き物が死ねば魂は肉体から離れ、浄化されたのち、新たな肉体に宿って再びの生を得る。死者の魂を仮の肉体に憑依させるれば、この循環を止めてしまうことになる」

「モルテが陸にしたのは、そういうことだっていうのか?」

「問題はそれだけではない。循環から外れた魂は浄化されない――つまり、生前に得た様々な穢れを背負い続ける。結果、魂は劣化し、消滅が早まるというわけだ」

「そんなこと……」

「モルテから聞いてない、か?」


 ベルデはため息をついた。


「優しげな言葉を口にしながら、肝心なことは黙っている。だから、あの女は信用ならない」


 吐き捨てるような物言いに胸がざわつく。

 反論したいのに、言葉がのどにつかえて出てこなかった。


「気を抜かぬことだ。そろそろ他の裁定者も勘づきはじめる頃だし、なにかあれば私とて動かざるを得んからな」


 モルテを信じていないわけではない。

 けれど、初めて会ったときからずっと、ぬぐいきれずにいた一抹の疑念。

 意図したものか、そうでないのか。

 ベルデの非難は、そこを衝くものだった。

 でも、それなら――

 おれにだって秘密はある。


 おれは、モルテたちが知っているおれじゃない。


 なにかの間違いだか手違いだかで、魂だけが入れ替わった“真名井霧矢”だ。

 こんなこと、いえるはずがない。

 信じてもらうことは、できるかもしれない。

 頭がおかしくなったと思われる可能性と半々くらいだろうが……

 確実にいえるのは、誰にとってもうれしい話じゃないってことだ。

 だから、いえない。

 秘密を抱える者同士、おれにモルテを責める資格はない。 

 だけど、黙っているのも罪なのだとしたら……?






 陸は愉しそうだった。

 親友との仲も修復し、初登校もまずまずだったらしい。

 再開する学園生活に、心を浮き立たせている。

 おれは、そのことを素直に喜び、祝福した。

 周囲の助けがあったとはいえ、一度は途切れた現世との繋がりを陸は取り戻し、ふたたび歩きはじめたのだ。


「がんばれよ、陸」

「ありがとう、兄さん」


 涙を浮かべて抱きつく陸に、おれは抱擁を返す。

 あたたかく、やわらかく。

 幸せな空気を壊さぬよう。

 笑顔と優しい言葉を絶やさぬよう。

 余計なことを口にして、陸やモルテの顔を曇らせる必要なんてどこにある?

 部屋にもどったとたん、どっと疲れが出た。

 ドアに背を預け、ずるずるとへたり込む。

 長い、長いため息。

 あの眩しい空間のどこにも、おれの居場所はなかった。

 陸と、おれ。

 元の世界と断絶されたという点では同じなのに、いったいどこで間違ってしまったのか。

 結局のところ、覚悟の違いか?

 この場所で生きていくという、確固たる意思の有無が――

 顔をあげたところで、おれは凍りついた。

 窓の外に人影がある。

 窓にべったりと張り付き、こちらを窺っている。

 アンデッド?

 でも、足場もないあんな場所にどうやって?

 思う間もなく窓があけ放たれ、強く風が吹き込んできた。

 声をあげようとした口が塞がれ、続いて視界が、手足の自由が奪われた。


(助け――)


 身体が宙に浮く。

 これは、持ちあげられたのか?

 ぐん、と引っ張られるような感覚。

 そして、意識を置き去りするほどの勢いで、おれは邸の外へ飛び出していった。

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