第24話 また、歩き出す

「兄さん。わたし、また学校に行きたい」


 佐原日菜との再会からこちら、陸はずっとなにか考え込んでいるようすだった。

 端的にいえば、社会復帰がしたいということだろう。

 陸とこの世との縁は、一度死んだ時点で切れている。

 それを、再び繋ぎ直そうというのだ。


「どこか行きたいところがあるのか?」

「うん。日菜のいる高校」

「そこって、同じ中学だった子は?」

「ううん。日菜だけ」


 なら、陸が死人だとがバレる可能性は少ないか。

 心配は心配だが、可能性を考え出したらキリがない。


「編入試験がありますけど、アリクちゃんの学力なら大丈夫でしょう」


 モルテが太鼓判を押した。

 しかし、最大の問題は他にある。

 陸は死人なので、戸籍がないのだ。


「法的には、わたしの所有物という扱いになりますね。ゾンビやスケルトンと同じ――アリクちゃんの場合は、動く人形リビング・ドールという魔法による生成物に分類されます」

「物扱いか」


 そこはまあ、方便なので許容する。


「表向きは編入生ということにしますが、実際はわたしの所有物を学校関係者、つまりサハラさんに貸与し、彼女がそれを持ち込むというかたちになるかと」

「そんな強引なやり方でいけるもんなの?」

「そこはそれ、蛇の道は蛇といいますか」


 モルテは含みのある笑みを浮かべた。

 そういえばこの人、金も力もそれなりにあるんだった。


「わたし、がんばるね」


 嬉しくてたまらないのだろう、陸は満面の笑みを浮かべる。

 ああ、眩しいな。

 こいつは、自分の意思で前に進もうとしている。


「そうだ、モルテ」

「なんですか?」

「明日、ヒマならどっか出かけないか?」

「えっ」


 日頃、というか、陸の件でしてもらった諸々への感謝を込めて。

 いい機会だし、ここらでサービスデーと行こう。


「どうかな?」

「え、ええと……はい! というか、わたしもお誘いしようと思っていたところで」


 妙に狼狽えてる気がするけど、そんなにおれの方から誘うのが珍しいか?

 ……珍しいな。

 反省しよう。


「じゃあ決まりで」

「えっ、ふたりで出かけるの? ずるい!」

「陸はまた今度な」


 そういえば、モルテとふたりきりというのも久しぶりだ。

 最近は陸についててもらうことが多かったし、それ以外の場所でも誰かしらいた。

 なんだか緊張してきたな。






 実をいえばノープランだった。

 正確には、今日は徹底してモルテのしたいことを叶えるつもりなので、おれからはなにも提案しない。

 怠慢? いや、ちがう。

 これはいわば“真名井霧矢に1日なんでも命令できる券”を使ってもらうようなものだ。

 ……それ、嬉しいか?

 一抹の不安はあったが、幸いモルテは朝から上機嫌だった。


「どこでもいいんですか? なら、まずはどこかで食事をして、それから新作のホラー映画を。最後はお買い物ですね」

「それ、ほとんど前回と同じだけどいいの?」

「同じじゃありません。ちがうものを食べて、ちがう映画を観たら、それはもう、ぜんぜんちがう体験なんです」


 そういうわけで、最初に入ったのはもんじゃ焼きの店だった。

 以前から、どんなものか興味があったというので、今回の趣旨に照らして順調なすべり出しといえる。

 おれももんじゃは初体験だったが、店のお兄さんが作り方を実演してくれたので問題はなかった。

 生ものを炒め、野菜を炒め、土手を作って汁を半分流し込む。

 再度炒めたところで残りの汁を加え、焼きあがりを待つ。


「いいですね。まるでブチ撒けられた臓物はらわたみたいでワクワクします」


 モルテの感想で、多少食欲が減退したものの、できあがったもんじゃは実に美味だった。

 お次の映画はSNS等で話題になっていた悪魔祓いモノ。

 ほどほどに怖く、映像も派手で、おれものめり込んで鑑賞していた。

 ところが中盤の山場にさしかかった辺りで、隣席が妙に静かなことに気づいた。

 横目でようすを伺うと、なんとモルテは大口をあけて寝こけていた。


「お腹が膨れると眠くなるのですね……学びました」


 映画館を出たあと、モルテはしょんぼりと呟いた。

 何百年も生きてきて今さら!? といいたいところだが、


「最近いろいろあったからな」

「いろいろというなら、キリヤ君のほうがよっぽどでしょう」

「でも、おれたちのせいで忙しかったのは事実だし――」


 すると、モルテの人さし指が、おれの台詞をさえぎった。


「“おれたちのせいで”なんていわないでください。わたしが好きでやってるんですから」


 ぷくっ、とモルテが頬をふくらませる。


「う……うん」


 くちびるに当たる指の感触に戸惑い、おれはまともに返事もできなかった。


「こちらでの生活が、エルフにとって目まぐるしいものであるのはたしかですけど、それはそれで愉しいですよ」

「疲れたりしない?」

「むしろ元気をもらっているくらいです。生きる目的もなく、ただ息をしているだけの暮らしがどれほど虚しいものか」


 実感のこもった言い方だ。

 モルテにも、そんな風に生きていた時期があったのだろうか?

 逆にいえば、いまはおれたちが、モルテの生きる目的になっているということ?

 いや……さすがにそれはいい過ぎだろう。


「このあとは買い物か。なにか欲しいものはある?」

「夏休みも近いですし、水着などいかがでしょう」


 意外な提案。

 思わず固まってしまった。

 ほ……ほほう。今年の夏は水着イベントが発生するのか。

 海か? プールか?

 いずれにせよ、異性とでかけるというのは、おれにとっても初めての経験になる。

 うわあ……どうしよう。

 きっと、モルテならどんな水着でも似合うんだろうな。


「なにか勘違いしてらっしゃいませんか? 買うのはキリヤ君の水着ですよ」

「え?」


 どうしておれの?

 よほど間の抜けた顔をしていたのだろう。

 おれをじっと見つめていたモルテが、こらえかねたように吹き出した。


「やっぱり忘れてたんですね。今日はキリヤ君の誕生日ですよ」

「え――ああ!」


 ここのところ考えることが多すぎて、すっかり失念していた。

 モルテはひとしきり笑ったあと、腰に手を当て、困ったような顔をした。


「まったく仕方のない人ですね。いつだってそうやって、他人のことばかり」

「ごめん」


 咎められた気がして、思わず謝ってしまった。


「それにしても、よく覚えてたな」

「当然です。キリヤ君が20歳になる日を指折り数える身ですから」

「なるほど」


 ということは、あと1年。

 ゾンビになるか、それとも人としての生を全うするか。

 それを、決めなければならない。

 このことを考え出すといつも、闇の中から手を差し伸べるモルテの姿が浮かぶ。

 彼女の手を取るのは、たまらなく魅力的に思えた。

 ゾンビになることへの忌避よりも、永遠の命と、かたわらにモルテがいることに惹かれる気持ちのほうが、おれの中で強くなりつつあったのだ。


 でも――


 その一線を、超えるわけにはいかない。

 もしも超えてしまったなら、おれは決定的な“罪”を犯すことになるからだ。

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