第21話 女同士で

「わかりました。アリクちゃんと話してみます」


 スマホを持つほうとは反対の手で、モルテは通話を終了した。

 人界にある文明の利器には、幻界人にとっても便利なものが多数あり、こうした携帯用端末もそのひとつである。

 遠隔地と通信する魔法もいくつかあるが、スマホを使えば諸々の準備は不要になるし、精神力の消耗も抑えられる。

 なにより、通信以外にも様々な機能がこの小さな物体ひとつに収められているというのは驚きだ。

 高級な魔法の杖と比較しても優れた点が多いと思う。

 幻界人には人界の技術を嫌ったり、蔑んで見たりする者もいたが、モルテはそういう考え方に否定的だった。

 むやみやたらと取り入れる必要もないが、利点があるならきちんとそれを認める。

 ダークエルフもまた、エルフと同じく知を尊び、理性を重んずる種族なれば、そうした面で他の幻界人の範たるべきであろう


 しかし――


 モルテの視線の先で、亜陸が不安げな顔をしていた。


「兄さんから?」

「はい。アリクちゃんに会いたがっているお友達がいらっしゃるそうです」

「それって、もしかして……日菜?」

「ええ。たしか、そんな名前で。サハラ……さん?」

「バレたの?」

「いいえ、まだ。でも時間の問題でしょう」

「やっぱり……あのとき、見られてたんだ」

「やだ。会いたくない!」


 きっぱりとした拒絶。

 モルテはひそかにため息をついた。

 知を尊び、理性を重んずる――けれども、人には感情がある。

 それは時に非合理的で、たとえ間違いだとわかっていても、どうにかできるとは限らない。

 あのベルデあたりが好きそうな話だ。


「どうして会いたくないんですか?」

「だって……嫌われるかも」

「なぜ?」

「わたし、死んだんだよ? 気持ち悪いって思われたら……」

「そういう言い方は、わたしに失礼だとは思いませんか?」

「あっ……ご、ごめん。そうじゃなくって……」

「いいですよ。わたしも、意地悪をしました」


 冗談めかしていうと、こわばっていた亜陸の表情がすこしだけ和らいだ。


「なにかあったんですか?」

「……」

「お友達のことを嫌っているわけではないのですね?」


 すると、亜陸は強めに首を首を横に振った。


「聞いた感じでは、その子に悪意があるようには思えませんでしたよ」

「でも……」


 亜陸がうつむく。


「話したくないですか?」


 亜陸はうなずく。


「そうするのは自由です。ただ、わたしは、アリクちゃんが後悔しない選択をしてくれることを願うばかりです」


 大きく一歩、踏み込むように吐き出した。

 亜陸はしばし、震えていた。

 くちびるを噛み、こぶしをにぎって。


 ――それから、覚悟を決めたように顔をあげた。

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