第20話 波紋

 古今東西、死人を蘇らせる物語で待っているのは悲惨な結末と相場が決まっている。

 失ったもの、壊れたものを元にもどす手段がなんであれ、理に反すれば歪みが生じる、という教訓を伝えるためだろう。

 けれど、それはあくまで架空の話だ。

 ついでにいうなら、人界が幻界と繋がる前の――死者を蘇らせるすべが存在しなかった時代に作られた物語だ。

 陸が蘇ったのは現実で、それ故に起こってくる問題もまたしかり。

 正直、おれひとりの手に余る。

 どうしたものかと考えながら帰宅すると、珍しく陸とモルテは留守だった。


「どこに行ったんだ?」

「なんか散歩がてら、前の家の辺りを見てくるっつってたな」


 ということは、いま邸に相談できる相手はリナだけか。

 でも、これはむしろラッキーだった。

 いきなりモルテに話すには、おれの中でいろいろと整理がついていない。


「……ふぅん。そんで?」


 おれの話を聞いて、リナはつまらなそうに訊ねた。


「ソイツの目的っつーか、どうしたい、みたいなことはいってたか?」

「陸に会いたいっていわれた」


 どうしても会いたい。

 会って話をさせてくれ。

 佐原の必死さは、ちょっと常軌を逸しているようにも思えた。


「なんて答えた?」

「断ったよ。一緒にいたのは陸じゃない、見間違いだっていって……たぶん信じてないけど」

「オッケー。とりあえずは、それでいい」


 もしも陸が蘇っていなければ、佐原の言動は遺族にとって地雷もいいところだ。

 気は進まなかったが、怒鳴りつけてやりたいところを我慢してやっているんだぞ、と匂わせ、半ば強引に通話を終わらせた。

 しかし、あのようすだと、きっとまたかけてくるだろう。


死霊術ネクロマンシーの存在は秘匿されてねーけど、人界での実用化はされてないってことに、なってる。倫理的、宗教的な問題がクリアされてねーからな」

「それでも需要はあるだろうね。おれみたいに」

「もし、いますぐにでも死人を復活させられると知れたら、とてものん気に暮らしてらんねーだろうぜ」


 他人事のようにリナはいった。


「ズルしたとか思ってんだったら気にする必要はねーぜ。お前はもう、モルテの家族みたいなもんだからな。モルテの裁量の範疇。個人で愉しむ分にはなんちゃら、みたいな話だ」

「そうじゃなくて。ただ……不安になったっていうか」


 妹を取り戻すためとはいえ、禁忌を犯したのではないか。

 越えてはならないラインを越えてしまったのではないか。

 いまさらといわれるかもしれないが、そうした不安は常にあった。

 佐原日菜という第三者の登場と、彼女に事情を話すべきか否かという選択肢を前に、くすぶっていたものが一気に膨れあがったのだろう。


「でも、こんなこと、モルテにいえないだろ?」

「いや、平気だろ」


 え、そうなの?

 きょとんとするおれを見て、リナは意地悪い笑みを浮かべた。


死霊術師ネクロマンサーがどう見られてるかなんて、モルテはよーっくわかってる。ベルデとかいうエルフの反応を思い出してみろよ。あんなのは、べつに幻界でも珍しくねーんだぜ?」


 ――なあ、霧矢。


 そういって、リナはおれの目をのぞきこんだ。


「あいつはなあ、お前の気持ちをなにより優先してる。亜陸のことをすぐには教えなかったのも、タイミングを見計らってたからだ。お前が混乱するだろうと思ってな」


 返す言葉もなかった。

 実際、あのときのおれは、とても冷静とはいえなかったし、事が済んでなお、こうしてうじうじ悩んでいる。


「まず、はっきりさせておくと、お前を含めた他人がどういおうと、モルテは死霊術ネクロマンシーを否定しない。つーか、否定できないし、するわけにもいかねー。それは、死霊術師ネクロマンサーである自分を否定することだからな」


 それはそうだろう。

 おれはリナの言葉にうなずいた。


「その上で、あいつはお前の気持ちを否定しない。それとこれとは別問題だっつってな。だから、お前がつらいってんなら、アイツはだろうぜ」

「全部……?」

「お前と再会してからのこと、全部だ」


 待て。

 待ってくれ。

 それじゃあ……


「ダメだ……!」


 おれは思わず、リナの腕をつかんだ。

 力の加減が利かず、指が肉に食い込む。

 ふだん重い物でも軽々と持ちあげているのに、彼女の腕は小枝のようにか細かった。


「そんなこと、許さない」

「そっか。そうだな」


 痛みを感じているようすもなく、リナは肩をすくめた。


「もしも――また亜陸を失ったりすれば、今度は耐えられないかもしれない。だから怖い。ちがうか?」

「そう……そうだよ。その通りだ」

「安心しろ。アイツはその辺のことも、よぉーっくわかってるから」


 ぽん、と背中を叩かれた。

 その優しい力強さに、こわばっていた全身が、ほんのすこしほぐれた気がした。

 慌てて手を放し、謝罪する。


「跡とか残ったりしない?」

「気にすんな。肉体へのダメージなんざどうとでもなる」


 リナの二の腕には、赤黒い指の跡がくっきりついてしまっていたが、リナは一瞥した上でそういっているので、本当に大丈夫なのだろう。


「それで、どうするんだ? その亜陸の友達って子のこと、このままほっとく気か?」

「いや。ちゃんと、ふたりにも話しておくべきだと思う」

「だな」


 リナが、それでいい、というようにニヤリとした。

 おれはモルテに連絡するためにスマホを取り出す。


「ありがとう。話を聞いてくれて」

「いいって。ひとりで抱えて暴走しなかっただけで上出来だろ」


 心の中で再度感謝を述べつつ、おれはスマホを操作した。

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