第18話 休息

 数日後。

 大学から戻ったおれに出迎え(生者)はおらず、雑用係のスケルトンが、ひょいと片手をあげて挨拶してくれただけだった。

 彼(?)が2階を指さしたので、おれは階段をあがった。

 妹の部屋の前までいくと、中から獣じみた咆哮が聞こえてきた。


「死ね! オラ! オラ! 死ねえェェェエェェ!」

「落ち着いてくださいアリクちゃん。相手はもう死んでいます。我々がおこなっているのは、殺戮ではなく破壊行為と呼ぶべきです」


 一瞬ギョッとしたが、すぐに気を取り直し、ドアをノックして中に入った。

 陸の部屋にはテレビとゲーム機が置いてある。

 案の定、妹はモルテと一緒にゾンビ退治の真っ最中だった。


「おかえりなさい、キリヤ君」


 おれに気づいたモルテが、こちらを見て微笑む。


「ただいま。ずいぶん盛りあがってるなあ、陸?」

「えっ、兄さん!? あ、あのねこれは――あーっ!!」


 動揺した陸は操作をミスって回避行動に失敗し、接近してきたゾンビに噛みつかれた。

 どうやら残機ゼロだったらしく、画面には「コンティニューしますか?」の文字とともにカウントダウンの数字が表示される。


「もおおおおお! 兄さんが邪魔するから!」

「勉強はどうしたんだ?」

「休憩中」

「ほお~?」


 モルテに視線を向けると、彼女は曖昧な笑みを浮かべて、ぎこちなくうなずいた。


「え、ええ。昼食後の腹ごなしも兼ねて」

「そろそろ4時だけど、ずっとゲームをしてたのかな? モルテがついていながら?」

「「ごめんなさい」」


 ファンタジーの世界と地続きになっても、我々人類はいまだ死を克服できていない。

 したがって、蘇った死人を扱う法律はなく、陸の実生活には様々な課題が山積している。

 復学ができない、というのも、そのひとつだ。

 今後どう暮らしていくにせよ学問は不可欠ということで、当面は邸で勉強を続けるという結論に至った。

 できれば家庭教師をつけたいが、適当な人が見つかるまではと、モルテがその役を買って出てくれたのだ。


「弁解するわけではないですけど、昼食の時間まではちゃんと勉強していましたし、今日のノルマもほとんど終わっているんですよ?」

「そうそう! ちゃちゃっとやれば、ほんとにすぐだから!」

「……まあ、それならいいけど」


 おれがそういうと、ふたりはあからさまにほっとした表情になった。

 こんな調子で挙動に怪しい部分はあるものの、基本的に信頼はしている。

 陸に関しては、優等生だった反動もあるだろうから、多少羽目を外すくらいは多めに見るつもりだ。

 本人にはいわないけど。

 ちなみにこのゲーム機はリナの持ち物だ。

 人界にきてコンピュータ・ゲームがっつりハマったらしく、実況配信もしているそうだ。

 そのためにわざわざ自室を防音室に改造したとかで、許可を出したモルテの寛大さも含め、よくやるものだと感心する。


「ところで、死霊術師ネクロマンサー的にはゾンビを倒すのに抵抗とかないの?」

「全然。それよりも、破壊したあと死体が残らないのが残念です。なぜ消えてしまうのでしょう? 山を築いて達成感を味わったり、損壊具合の違いを見比べたりしたいのに」

「そ、そう……」


 相変わらず、モルテのこうした感覚は理解できない。


「んん? 兄さんも興味出てきた?」

「いや、そういうわけじゃないけど」

「まあまあ。ちょっとさわってみてよ。新しい扉が開くかもよ?」

「どんな扉だよ。おれはべつにいいって!」

「まずはわたしと。大丈夫、わからないことがあればなんでも訊いてください」


 こうしておれも強引にゲームに付き合わされたが、やってみるとたしかにこれは爽快かつスリリングで、なかなかに面白かった。

 絶対にクリア不可能だと思われたポイントも、敵の行動や出現パターンを覚えて立ち回りを工夫したり、相方との協力で突破できたりする。

 そういった瞬間の快感は、日々の生活ではなかなか味わうことのできないもので、ハマってしまう気持ちも理解できた。

 早い話が、おれも沼にとらわれてしまったわけで、この日は夕食後も、リナを加えた4人でゲーム大会がひらかれた。

 おかげで勉強のノルマのほうはすっかり忘れ去られ、おれは激しい自己嫌悪に陥るはめになった。

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