第17話 3人で
「でも、正直意外だな」
「なにが?」
「引っ越ししてけっこう経ってるのに、なにも進展がないってのが」
「その話まだ続けるのかよ」
おれが嫌な顔をしてみせても、陸はおかまいなしだった。
「
「いいかた! あくまでいっしょに住もうと提案されたってだけだからな」
「好意は示されてるんだから、実質いつでもOKってことじゃん」
「い、いや……そうか?」
そうかもしれない。
「ぶっちゃけエロいじゃんあの人。なのにどうして我慢できてるかって話よ」
「いやぶっちゃけすぎだろ!」
たしかに。たしかにな?
美人でスタイル抜群、エキゾチックな褐色の肌に露出の多い服。
エロいかエロくないかでいえば、圧倒的にエロですけども!?
「モルテがどうこうより、お前がおっさん臭すぎて引くわ」
「失礼な! 花の女子高生をつかまえて」
「もう通ってないから、そこはちがうだろ」
「兄さん細かい。細かいとハゲるよ。……ハゲんの? やだな」
「なに? 情緒不安定なの? 新しいボディに魂が馴染んでないとかあんの?」
「それがぜんぜん違和感ないの。コレ作った人マジですごいよね」
陸はあれこれとポーズを変えて、人形の身体を確認した。
「フィラトさんには改めてお礼しないとな」
「それならわたしもいく。定期メンテとか、修理や部品のスペアをお願いすることもあるだろうから、ちゃんと話を通しておきたいの」
我が妹ながら、しっかりしている。
こういう優等生気質は、おれにとってはむしろ慣れ親しんだものだ。
さっきまでのが陸の素だとすれば、生前のおれは、陸を守っているつもりで気を遣われていたのかもしれない。
「いろいろと揃えなくちゃならないし、明後日の土曜にでも出かけるか」
「やった! それなら1日兄さんを独り占めできるね」
陸はにしし、と歯を見せて笑った。
「最初にフィラトさんの店にいくから、モルテもたぶんついてくるぞ」
「ええ~。そこは空気読んでよ」
そして次の土曜日。
フィラトへのお礼を済ませた後もモルテは帰宅せず、おれたちの買い物についてきた。
というか、おれが頼んだ。
当然、陸は文句をいったが、服や下着も買わなくちゃいけないのだからモルテがいてくれたほういい。
そう思ったのだが――
「兄さん! 兄さん、ちょっときて!」
店頭まで聞こえる大声で呼ばれ、店内にもどると、試着室から陸が顔を出していた。
「どうしたんだ?」
「兄さんからもいってあげて。お姉ちゃんのセンスはズレてるって」
買い物かごを見た瞬間、おれはすべてを理解した。
色は黒か黒系のレザー、もしくはゴス。
基本的に布面積は小さく、装飾の類もドクロとか死を連想させるものばかり。
ハロウィンのコスプレならともかく、普段着として使えそうな服は皆無である。
というか、よくこんな服店にあったな。
幻界人の好みに合わせて、いろんな種類を取り揃えてるのか?
考えてみれば、モルテは幻界人で、しかも長命のダークエルフなわけで、その上
陸との共通点は性別くらいで、あとはことごとく属性がちがう。
「ごめん。おれの人選ミスだ」
「キリヤ君!?」
よほどショックだったのか、モルテは涙目になった。
結局、服はすべて陸が選び直した。
試着後の品評についてもモルテには一切の発言権は与えられず、意見はすべておれに求められた。
「いいんじゃないかな」
「ちょっと派手だと思う」
「かわいいよ」
まあ、だいたいこの3語を繰り返すだけのマシーンになっていたわけだが。
幸いにして陸自身の服のセンスは無難というか、一般的な女子高生のそれから大きく外れるものではないので、保護者的には安心だった。
「でも、これならおれがついてくる必要なかったな」
「それをいったらモルテお姉ちゃんもじゃん」
「おふたりとも、さっきからひどいです」
モルテに拗ねられてもなんなので、ご機嫌を取るためにハンバーガーショップに立ち寄った。
注文を済ませ、しばらく席で雑談していたが、突然陸がなにかに気づき、テーブルに顔を伏せた。
「どうした? 陸」
「しっ!」
陸はくちびるの前で人さし指を立てる。
「向かいの席……中学の友だち」
横目で確認すると、制服姿の女子高生グループの中に見覚えのある顔があった。
たしか、お通夜のときにいたのではなかったか。
「なんで隠れるんだ?」
「だって……どう説明したらいいかわかんない……」
そうか。
陸の事故は、たった4カ月前のこと。
心の整理をつけ、ようやく友人の死を受け容れたところに、急に生き返りましたーとかいって陸が現れたら、向こうも反応に困るだろう。
それどころか、気味悪がられる可能性もあるし、下手をすればもっと悪い事態を引き起こすかもしれない。
「でも、いいのか?」
「……うん」
うつむいたまま、陸は小さくうなずく。
その友人に気づかれる前に、おれたちはそそくさと店を後にした。
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