第15話 妹(1)

「兄さん。兄さん、ちょっと……近い。近いから」

「あっ! ご、ごめん!」


 おれは慌てて陸を解放した。

 妹で、人形の身体とはいえ、女の子だ。

 いきなりハグするとか、配慮が足りなかった。


「本当に……陸なんだな?」

「うん、久しぶり」

「状況は理解していますか?」


 横からモルテが訊ねた。


「わたし……生きてる? 生き返ったの? 本当に……」

「正確には、作り物の身体にアリクさんの魂が憑依している状態です。どこか苦しかったり、違和感があればおっしゃってください」

「ええと……わたし、ずっと兄さんのそばにはいたんだけど、周りで起きてることとか、よくわかんなかったの……なんか、ぼんやりもやがかかってる感じで、声もよく聞こえなかった。だから、こんなに感覚がはっきりしてるのが、なんか変な感じで……」

「とりあえず、成功と見てよさそうですね」


 安堵したようすで、モルテは自分の胸に手を置いた。


「あなたは?」

「モルテです。モルテ・リスレッティオーネ」

「えっ……まさか、モルテお姉ちゃん!?」

「はい」


 陸にとっても10年ぶりの再会だ。

 口をぱくぱくさせているのは、驚き以上に話したいことが溢れているからだろうか。

 そのようすを見て、モルテはくすりと笑った。


「食事にしましょうか」


 いわれて初めて、おれは自分がひどく空腹だったことに気づいた。

 儀式に没頭していたモルテや、生き返ったばかりの陸はなおさらだろう。


「遠慮なく食ってくれ! 亜陸の復活祝いだからな!」


 モルテからの連絡を受けて、リナが予め食事を用意してくれていた。

 いつもより豪勢な料理は、空腹も相まっていっそう美味しく感じられる。

 食べているあいだも陸は興奮気味に、おれとモルテを質問攻めにした。

 本来なら行儀の悪さを咎めるところだが、今回は最初の1回だけに留め、あとは大目に見ることにした。

 おれだって、陸と話せるのは嬉しいのだ。


「それでお姉ちゃん、いつ人界こっちにもどったの?」

「ついこのあいだ……キリヤ君が事故に遭ったと聞いて、飛んできたんです。それから、また同じようなことが起きるといけないので、キリヤ君のそばで暮らすことにしたんです」

「ん?」


 陸は箸を持つ手を止め、カクン、と首を傾げた。

 そういう仕草をすると、いかにも人形っぽい。


「そばで……暮らす?」

「はい。この邸で、いっしょに暮らしています」

「えっ、待って。お兄ちゃんが?」


 首肯するおれを見て、陸はまん丸に目を見ひらいた。


「それって、同棲……? え、待って。いくら相手がモルテお姉ちゃんでも……ええ……」

「婚約してますから、なにも問題ないかと」

「初耳なんですけどォ!?」


 陸が血相を変えて立ちあがった。

 おれも、妹がこんな大声をあげるところは初めて見た。

 よほど驚きが顔に出ていたのだろう。こっちを向いた陸が「しまった!」という表情になって、すとんと腰をおろした。


「……ごめんなさい」

「いえ。驚くのも無理はないかと」

「う、うんうん。しょうがない」


 おのれ、こっちのおれ。なんで陸に話さなかった?

 ……いや、しないかあ。

 正式な約束ともいうわけでもないし、照れ臭くて家族にもいえない気持ちはわかる。


「え~……いつからそんなことになってたの?」

「ええっとですね」


 自分で訊いておきながら、モルテがかいつまんで説明しているあいだ、陸はどこか上の空といったようすだった。

 時折、盗み見るようにおれのほうに視線を向けていたようにも思うが、きっと気のせいだろう。

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