第14話 儀式

 帰り路は、フィラトが車を出してくれた。

 トラックの荷台に積まれた箱のそばに、おれはずっとついていた。

 そこに陸の魂はない、これは器となる予定の人形に過ぎないとわかっていても、離れがたかったのだ。

 気を遣ってくれたのか、モルテは助手席に座った。

 リスレッティオーネ邸につくまでのあいだじゅう、おれは人形に話しかけていた。

 子供の頃の思い出だとか、陸が死んだあと、ひとりでどんなふうにすごしていたかとか、そんな話だ。

 はたから見たら、かなりヤバイ光景だったかもしれない。

 そういう意味でも、モルテの目がないのはありがたかった。

 車が停まり、箱を降ろすので蓋を閉めなければならないとなったときはつらかった。

 さっさと儀式やらなにやらをして、陸を蘇らせてもらうべきなのに、その顔が片時でも見えなくなるのが怖い。

 もしも、このまま――

 万が一、モルテが失敗したら?

 不意に訪れた希望が裏切られたら? 砕け散ってしまったら?

 ――はたしておれは、耐えられるのか?

 そんなおれを見て、モルテは力強くうなずいた。


「大丈夫です。任せて下さい」


 そうだ。

 陸を蘇らせるのは、おれじゃない。モルテなんだ。

 何もせず、ただ見ているだけのくせに、このうえ情けない姿までさらすのか?

 くちびるを噛み、弱気を圧し殺す。

 邸の門扉がひらくと、すぐにリナがスケルトンたちを率いて現われた。

 おれの顔色を見てからかってくるかもと思ったが、淡々とスケルトンを指揮するだけで、こちらには一瞥もくれなかった。


「地下堂へ」

「おっけー」


 モルテとリナが先導し、そのあとを箱を担いだスケルトンたちが、カラカラカタカタ音をたてながらついていく。


「キリヤ君も」

「いいのか?」

「ええ」


 ごくり、と喉が鳴った。

 この邸で唯一、地下室だけは入ることを禁じられていたからだ。

 といっても、なにがあるかは聞かされている。

 モルテの研究室兼実験室と、儀式をおこなうための地下堂だ。

 なにか隠してあるというより、危険な薬品や呪具なんかを保管しているからというのが主な理由だった。

 まあ、おれに知られて困る秘密が、本当にないかどうかもわからないのだが。

 地下堂は薄暗く、灯りといえば部屋の四隅に置かれた燭台だけだった。

 ぶっちゃけ、電気は通せるし通しているのかもしれないが、蛍光灯では雰囲気ぶち壊しなのもたしかである。

 充満する甘ったるいような煤けたような匂いはお香だろう。

 よく見ると、壁際にあるごてごてと飾り付けられた台座に香炉らしきものが置いてある。

 床にはでかでかと、赤黒いインク、あるいは何かと混ぜた血による魔法陣が描かれ、その中心に例の人形が横たえられていた。

 人形の手前でモルテが振り返り、くちびるの前で人差し指を立てた。

 部屋にはおれとモルテのふたりきり。

 儀式に集中するので黙っていろということだろう。

 おれがうなずきを返すと、モルテはヴェール付きの冠を頭に載せた。

 顔を隠し、視界を制限する――集中力を高めるとともに、邪悪な霊から身を守る効果もあるらしい。

 長く静かな呼吸を何度か繰り返したのち、詠唱が始まった。

 地の底からの唸りのような声に、時折早口での文言が混じる。

 両腕を広げ、ゆったりとリズムを取るように動かすと、青白い光の腺が走った。

 詠唱と身振り。

 それらは徐々に速くなってゆき、モルテの肌には玉のような汗が浮かび始めた。

 唸りはうたとなり、激しい全身の動きを伴うものになっていた。

 これは、神に捧げる舞踊なのか?

 命を取り戻すためには、命か、それに近いものを捧げる必要があるということか?

 モルテが身体をのけぞらせ、悲鳴にも似た声を絞り出した。

 期待よりも恐ろしさが勝り、身じろぎひとつできない。

 鬼気迫る彼女の姿から、おれは目を離せなくなっていた。

 どれくらい時間が経っただろう。

 モルテが人形の前にひざまずき、ふたたびこちらを振り返った。


「終わり……ました」


 その一言を聞いた瞬間、肺から一気に空気が押し出された。

 いつの間にか、呼吸さえ忘れていたのだろう。

 膝から力が抜け、へたり込んだ状態で、おれは何度も喘いだ。


「大丈夫ですか?」


 大仕事をやり終えた達成感からか、モルテはどこか気の抜けた表情で微笑んだ。


「おれよか君のが大変だったろ……っていうか、陸は!?」


 立ちあがり、よろめきながらモルテに近づく。

 その背後で、むきりと人形が起きあがった。

 ぎぎぎぎ……と首を動かし、こちらを向く。

 ろうそくに赤く照らされたくちびるが、かすかに動いた。


「にい……さん」

「陸!」


 ああ、この声だ。

 この呼び方。

 すこしうざったそうにこちらを見る表情。

 間違いない。間違いようがない。

 気がつけばおれは、妹の細い身体を力いっぱい抱きしめていた。

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