第13話 人形の館

「まさか、陸……亜陸が、おれに?」


 思わず、自分の右肩を見る。

 当然のこと、霊感のないおれの目にはなにも映らない。


「わたしの記憶にあるアリクちゃんは、キリヤ君ととても仲良しで、よくキリヤ君の後をついてきていましたね。ちょうど、キリヤ君がわたしにべったりだったように」


「その話はいいだろ」


 覚えのない思い出話なのに、妙に照れ臭い。


「危険はないといいたかったのです」


 それで――と、モルテは続ける。


「選択肢の話に戻りましょう。どうしますか、キリヤ君。彼女に安らかな眠りをとおっしゃるなら、このまま――」

「いや」


 おれは、モルテの腕をつかんだ。


「払うのは無しだ。亜陸と、話はできるか?」

「もちろん」

「じゃあ、その……生き返らせる……なんてことも?」

「真名井くん!」


 ベルデが顔色を変えた。


「それは駄目だ。摂理に反する!」

「わたしの前で、それをいいますか」


 モルテはため息をつきつつ、まあいいですけど、と呟いた。


「先にいっておきますが、アリクちゃんをアンデッドとして蘇らせることはかないません。彼女の遺体は、すでに荼毘に付されてしまいましたから」

「そうか……」


 胸に灯った希望が萎み、膝からも力が抜けた。

 浮かせかけていた腰が、すとんと椅子に落ちる。


「ごめんなさい。その点については、わたしの力不足です」

「いや……いいんだ。魔法が使えるからって、なんでもできるわけじゃないよな」

「妹がゾンビにされずに済んだのだ。かえってよかったかもしれないぞ」


 ベルデの励まし方は、ちょっとズレてると思う。


「蘇生は不可能ですが、話をするのであれば、いくつか方法があります。帰ったら検討してみましょう」





 夕方。

 まっすぐ帰宅するのかと思いきや、モルテはいつもと違う電車に乗り込んだ。


「寄り道すんの?」

「はい。方法を検討するといったのは嘘です。あの場では、ベルデがいましたから」


 反対されるような方法を試すということか。

 この際なんでもいい。

 躊躇いや葛藤がないわけではないが、陸ともう一度話せるというなら、禁忌だって犯しても構わない。

 いまは、そういう気分だった。

 モルテについて下車する。

 一度も降りたことのない駅。訪れたことのない街――雑踏を抜け、裏路地に入る。

 幻界人であるモルテのほうが、むしろ馴染んでいる。

 実際、何度も来たことがあるのだろう。

 足取りに迷いはなく、おれのように、きょろきょろと周囲を見回したりもしない。


「着きました」


 坂道を登ったどん詰まり。

 時代に取り残されたような、薄汚れた店が建っていた。

 看板は出ておらず、なにを扱っているのかまったくわからない。

 モルテが木製のドアを押しあけると、チリンと鈴の音が響いた。

 薄暗く、すこしひんやりした空気が漂う。

 一歩中に足を踏み入れたところで、おれはぎょっとして固まってしまった。

 音もなく、声もなく。

 おれとモルテを取り囲む人影――それも、ひとつふたつどころではない。

 ざっと見ただけで10以上。

 思わず「すいません!」と謝りかけたところで、ようやくそれらが人形だと気がついた。

 ほとんどが完成品だが、パーツごとにバラシて壁や棚に置かれているものもある。

 おれは、真正面に立っている一体の顔をまじまじと見つめた。


「なんだこれ……生きてるみたいだ」


 ガラス玉と思しき瞳は、まるで意思を持ってこちらを見返してくるようだった。

 肌は瑞々しく、輪郭は柔らかな曲線を描いている。

 本当に、今にも動き出しそうで、とても命のないただの物体とは思えない。


「この人形たちは全て、ここの主人が作ったものです」

「どんな人なの?」

「ダークエルフの人形師。ここは、彼女の工房なんです」


 モルテの口調はいつになく淡々としていて、厳かな雰囲気さえたたえていた。

 彼女をして、独特の緊張を強いられる場所ということなのだろうか?


「すごいな。材質はなんだろう?」

「主に木ですが、最近はプラスチックのような、こちらの世界にしかない材料も、いろいろと試されているようですね」

「へえ……」


 うなずきながら、おれは店の奥へと続く、細い通路に目を向けた。

 もちろんおれは、人形作りはおろか、人形を愛でる方面においても素人なのだが、それでもここにある作品の数々が天才の手によるものだということくらいは理解できる。

 いわゆる“神”のひとりというわけだ。

 そんな人物が、この先にいる……?

 最初に店に入ったときよりも、さらに大きな緊張に襲われ、おれはごくりと喉を鳴らした。


「ふぅ~ん。キミがモルテの彼氏かぁ~」

「うわああああ!!」


 ぬっ、と背後から突き出された手にいきなり両頬を撫でまわされ、ついぞ聞いたことのない大声が出た。

 慌てて振り向くと、そこにはニヤニヤ笑いを浮かべる女が立っていた。

 モルテと同じダークエルフだが、こちらは銀髪。

 若干たれ気味の目をキラキラさせながら、頭からつま先までおれを眺め回した。


「ふぅん、ふうぅぅん! いーじゃんいーじゃん。聞いてたとおり、とてもいい造形をしてる。エルフは整いすぎててつまんないけど、成長の余地を残してると思わせてくれる不完全さもいい! ねえ、あとで型を取らせてくんない?」

「ダメですよ、フィラト」


 モルテが低い声で咎める。


「もしかして、この人が?」

「はい。彼女が人形師、フィラト・マニポラーレです」

「よろ~☆」


 フィラトと呼ばれた女は、チェキのポーズをキメてきた。

 か、軽い……!

 長く伸ばした爪はカラフルにデコられており、これで繊細な人形を作れるというのが信じられない。


繰崎糸男くりざきいとおって聞いたことない? こっちで活動しやすいようにつけた別名なんだけど」

「い、いえ……」

「そんなことより、注文していたものは?」

「え~、もうちょっとお話させてよ。あ、ひょっとして嫉妬? モルテのレアな反応カワだわ~」

「フィラト」


 モルテの声が、さらに一段低くなった。

 これがマンガなら、ピキピキと浮き出る青筋が見えているところだろう。


「はーい。ほんとせっかちなんだから。エルフのくせに珍しいよね~」


 フィラトは逃げるように奥の方にある棚へ行き、そこから細長い箱を降ろした。

 なんだろう。大きさは人が入れるくらいで、こういっちゃなんだが、棺桶みたいだ。

 箱をおれたちの目の前に置くと、フィラトは特にもったいぶるようすもなく蓋の留め金を外した。


「うそだろ……なんで……!?」


 箱の中身を見た瞬間、おれは膝から崩れ落ちた。

 立ち上がることができず、這いずるように箱の縁にすがりつく。

 そこに――

 そこに横たわっていたのは。

 死んだはずの陸だった。

 高一の春。

 人生においてもことさらに輝かしいその季節に還らぬ人となった。

 もう、二度ともどることはない――そのはずだったのに。

 まっすぐな黒髪も。

 長いまつ毛も。

 つんとした唇も。

 なにもかもあの頃のまま。

 おれの脳裏に焼きついている、生前の陸そのままの姿だった。


「わたしがフィラトに資料を渡して、依り代として制作を依頼していたんです。アリクちゃんの霊が取り憑いているとわかったときに、こうなることもあるかもしれないと」

「つまり、この人形に陸の魂を入れて蘇らせるってことか?」

「はい。厳密には蘇生ではありませんが……」


 余計なことでしたか? と訊ねるモルテに対して、おれは首を横に振った。


「感謝するに決まってるだろ」


 たとえベルデからなにを聞かされていようと、おれの決断は変わらなかっただろう。

 もう一度、陸の声が聴ける。

 あの笑顔が見られる。

 絶対に、かなわないと思っていた願いがかなうのだ。

 よかった。

 モルテが死霊術師ネクロマンサーで、本当によかった。

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