第12話 つかれてます

 最近、妙に右肩のあたりが重い。

 規則正しい生活とバランスの取れた食事――リナにはマジ感謝だ――定期的にモルテの外出に付き合っているので、運動不足ということもないはず。

 ダークエルフの死霊術師ネクロマンサーとかいう、傍目には怪しすぎる相手と同棲しているのに、びっくりするほど健全な暮らしを送っている。

 およそ不健康になる要素が見当たらないのだが。

 キャンパス内のベンチで首を捻っていると、玉城さんがやってくるのが見えた。


「おはよう、玉城さん」


 俺が挨拶すると、玉城さんはなぜか表情を凍りつかせ、「きゅっ」と小動物が鳴くような声を発した。


「ああ、うん……おは、おはよう」


 玉城さんはぎこちなく挨拶を返すや、直角に方向転換し、逃げるように歩き去っていった。


「そういえば、こないだもようすがおかしかったよな」


 傍らに視線を向けると、モルテが玉城さんのいなくなった方を見ながらにんまりしていた。


「もしかして、なんか知ってる?」

「さて、なんのことでしょう」


 いい加減、おれにもわかってきた。

 これは嘘をついている顔だ。

 問い詰めてやってもいいが、簡単には答えてくれないだろう。


「玉城さんにも、訊きたいことがあったんだけどな」

「訊きたいこととは?」

「ああ、いや。授業でわからないところがあって……」


 おれも嘘をついた。

 スマホの電話帳――

 病院で目覚めて以来、何度も確認しているのだが、ベルデのように知らない番号やアドレスもあれば、存在そのものが消えている連絡先もあった。

 おかしなことではない。

 こっちのおれとは交友関係が異なるせいで、そういった齟齬も起こるのだろう。

 たまたま縁がなかった、というだけだ。

 とはいえ、放っておくのも気持ちが悪いので、周囲の人に聞きまわっている。

 元々あまり社交的とはいえない性格だったので、件数は少ない。

 消えた、もとい最初からなかった連絡先の相手が、こちらの世界でもちゃんと生きていることは、おおよそ確認できた。

 どうしても行方がわからない数人については――


(モルテに訊くか?)


 知っている可能性は低いだろうが、捜し出す手段に心当たりがあるかもしれない。

 だが、それにはおれが、彼女と約束を交わしたおれではないと知られるリスクが伴う。

 このまま、おれがこの世界になじんでいけば、経験と記憶の差異は埋められる。

 どうしても滲み出てしまう違和感も、気のせいと誤魔化すこともできるだろう。

 真実を知って、無駄に傷つく必要はないのだ。


「どうしたんですか?」


 モルテの声で我に返る。

 どうやら、彼女の顔をじっと見つめ続けていたらしい。


「そんなに情熱的な眼差しを注がれては照れてしまいます」


 モルテは紅潮した頬を両手で挟んでうつむいた。


「ち、ちがう! ちょっと考え事をしてただけで――」

「まったく。健康的な若者なのだから気持ちもわからなくはないが、もうすこし周囲の視線に配慮してもよかろう」

「唐突に出てきて君までなんだよベルデ! だから、ちがうからね!」


 背後から登場したベルデは、右手で手刀を作ってモルテの肩のあいだに差し入れた。


「結婚前の男女には適性な距離というものがある。ところで、この前『トリスタンとイゾルデ』という物語を読んだのだが、寝るときにふたりのあいだに剣を置いたからといって、不貞がなかった証拠にはならんと思うのだが、どうか?」

「知らないよ!」


 おれが叫ぶと、ベルデは呆れたようにため息をついた。


「君はこちらの世界の住人だろう? それなのに、この芳醇な世界を知らないのか?……いや待て。我々と違い、人間に与えられた時間はあまりに短い。それゆえ個人が触れられる情報も限定的ということか。配慮が足りないのは私の方だったな。すまない」

「謝りながらナチュラルに短命種ディスらないでくれますか」


 悪意など欠片もなく、素でやっていそうな雰囲気だ。

 しかし、この迫力ある美貌でいわれると、思わず納得してしまいそうになる。


「厄介だなあ、まったく。それで、なにか用?」

「友人に話かけるのに理由がいるのか?……などという冗談はさておき、数日前から気になっていてな」


 そういってベルデは、おれの右肩の上あたりを指さした。


「真名井くん。君、憑かれてるぞ」

「え……」


 ぞわり、と背筋が寒くなった。


「憑かれてるって、霊的なアレ……みたいな話?」

「ああ。最初はなんとなく存在を感じられる程度だったのだが、日を追うごとに力が強まっていて、いまでははっきりと見える」


 実をいえば、大学に復帰した日くらいからだろうか。

 かすかに右肩が重いと感じていたのだ。

 日常生活に支障が出るほどではなく、肩こりか、さもなくば心理的なものだろうと放置していたが。

 じろり、とベルデはモルテに視線を送った。


「私にも見えるくらいだ。当然、お前も気づいていたな?」


 問われてモルテは、やれやれといったようすで肩をすくめた。


「ええ。まあ」

「なぜ黙っていた?」

「害はないと思いまして。わたしにとって、都合のいい面もありましたし」

「虫よけ代わりか」


 意味がわからず、おれは首をかしげた。


「玉城嬢は、人間の中でも特別霊感が強いから、が見えていたんだ」


 なるほどねー。

 あの反応は、霊を見て怖がってたってわけか。


「って、そんなヤバいモンがおれの肩に乗ってるの!?」

「大丈夫ですよ。その霊の敵意は、キリヤ君に向いてませんから」

「本当に!? だとしても、周りの人が祟られたりするんじゃないの!?」

「落ち着いて下さい。万が一、危険な状態になったと判断したら、わたしが対処しますから」

「逆にいえば、そうならない限り放置するつもりなんだな?」


 モルテは答えず、にっこりと微笑んでベルデを見ただけだったが、その問いを肯定しているのは明らかだった。


「だから信用ならないのだ、コイツは……」


 ベルデが忌々しげに舌打ちする。


「なあ、モルテ。危険はないとしても、霊に取り憑かれたままってのは気持ち悪いんだが……実際、肩も重いし」

「仕方ありませんね。では、なんとかしましょう」


 モルテはあっさりとうなずいた。


「ほんとに!?」

「はい。選択肢はいくつかありますが」

「よかった。なら、ちゃっちゃと払っちゃってよ。それとも、けっこう大変だったりする? 大がかりな儀式が必要とか、危なかったりとか」

「他の方ならいざしらず、死霊術師ネクロマンサーとしても高位のわたしがやるのですから、それは……でも、いいんですか?」


 意味深な表情を浮かべて、モルテが訊き返してくる。


「なにか問題でも?」

「その……キリヤ君に憑いている方が何者か、という話なんですが」


 とたんに、右肩にかかる重みが増した。

 明らかにモルテの言葉に反応している。


「な、なに!? いいから、もったいぶらずにいってよ!」

「はい。その方の名前は、真名井亜陸――キリヤ君の妹さんです」

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