第8話 好敵手、現る

「……どちらさま?」


 おれの反応を見て、エルフの顔がみるみる赤くなった。

 ははは、なにを照れているんだい?

 などとボケている場合ではない。

 これは、怒りの色だ。


「この私を忘れただと!? 私だ! ベルデ・エメロンドだ! ゼミで一緒だろうが!」


 ベルデ。はて?

 どこかで聞いたような……

 ああ、そうだ。

 病院で治療を受けた後、スマホに登録されている知り合いに連絡して無事の報告と状況確認をしたのだ。

 その際、名前に憶えがないので架けなかった番号があったけど、それがたしか……


「そうか、あなたがベルデさん? ごめん、事故のショックで記憶が飛んでたみたいだ」


 語尾にてへぺろでもつけて誤魔化そうかとも思ったが、相手の怒りボルテージが予想以上に高まっている雰囲気だったのでやめておいた。


「この私を忘れるとは、なんたる屈辱……! だがまあ、それは百歩譲るとして、問題は……」


 ベルデは、ギロリ、とおれの背後に視線を向けた。


「そこにいるのはダークエルフだな? しかも、隠そうとしても隠しきれない、この腐臭と没薬の匂い……死霊術師ネクロマンサーか……!」


 モルテはゆっくりと顔をあげた。

 この手の反応には慣れっこだとでもいうような、落ち着き払った態度だ。


「いかにもその通りです。が、それがなにか?」

「なにか、だと? 死者を弄ぶ外法使いが!」

「いったいいつの時代からやってきたかというような、カビの生えた台詞ですこと。さすがは頑迷固陋なエルフ様といったところでしょうか」

「黙れ! ダークエルフ、死霊術師ネクロマンサー、そのうえ我が友、真名井霧矢によからぬ目的をもって近づくとは! 数え役満だぞ、生かしてはおかん!」


 これはまた、ずいぶんとこちらの文化に馴染んでいるな――などと感心している場合ではなかった。

 ベルデが右手を掲げると、掌中に光が生まれ、たちまち白く輝く剣のかたちになった。

 対してモルテがスカートの裾を払うような仕草をすると、床に紫に光る魔法陣が浮かび、中から数体のスケルトンがせりあがってきた。


「ま、待った! ストップ、ストップ!」

「邪魔をするな、真名井くん! 私はエルフの裁定者として、この邪悪な魔女を討ち果たす義務があるのだ!」

「うん、職務に忠実なのは結構。とっても偉いと思うよ? でも、ここで暴れるのはお店や他のお客さんの迷惑になるからね? せめて、よそにいこうか」


 正直、周りの目が痛い。

 しかも、おれを挟んで女の子ふたりが睨み合っているこの状況……

 会話を聞いていなかった人には別の意味での修羅場に見えるかもしれない。

 ああっ! そこかしこから聞こえるヒソヒソ声が、全部おれをなじっているような気がするんですけど!?

 店員さんに謝罪しつつ会計を済ませ、おれたちは店を後にした。

 スマホの地図アプリをひらき、なにかあっても周囲に迷惑がかからない場所を探す。

 この近くだと、神社の境内がよさそうだ。

 そこそこ広く、時期的に人も少ないはず。


「ところで真名井くん。怪我のほうは大丈夫なのか?」


 道すがら、ベルデが小声で訊ねてきた。


「それは、うん。病院できっちり治してもらったよ。回復魔法ってすごいんだね」

「そんなことまで忘れたのか。記憶喪失というのは本当なんだな」

「おれとベルデさんって、どういう知り合いなの?」

「さっきもいったが、大学のゼミで一緒なのだ。いわゆる同門、兄弟弟子といった間柄だな」


 その程度の関係なら、我が友と呼んでモルテに激昂するのも、ちょっと大袈裟な気がする。

 しかし、そこをつっこんで訊いてよいものか。

 こそこそ話すおれたちを、モルテがすごい目で睨んでるし……


「それよりも、問題なのは真名井くん。君とあの女の関係だ」

「ああ、それなら――」


 おれがいいかけると、タイミングを見計らっていたかのように、モルテが割って入ってきた。


「わたしはキリヤ君の婚約者です! なので、あなたにどうこういわれる筋合いはありません!」

「婚約者ァ!?」


 ベルデの眉が、きゅっと吊りあがる。


「そんな話が信じられるか! どうせ純朴な彼を色香で惑わして、邪悪な実験に使おうとでもいうのだろう」

「失礼な! わたしとキリヤ君は、ちゃんと愛し合ってます!」


 いや、それはちょっと先走りすぎだと思うぞ?


「だいたいなんですか、さっきから外法とか邪悪とか。ひどいいいがかりです」

死霊術ネクロマンシーは自然の理から外れた魔法体系だ。外法と呼んでなにが悪い」

「だから、それが古い考え方だっていうんです! いいですか、そもそも死霊術ネクロマンシーは、愛する人ともう一度会いたいとか、偉大な先人の力を借りたいといった、純粋な願いが出発点なんです。この国にも死者の声を聴いたり話したりする巫女がいたり、死者の姿を見せる反魂香の伝説が残っていますが、これらは邪悪なものとは考えられていません」

「詭弁だな。お前たちダークエルフは、そうやって舌先三寸で人を騙す」

「もういいです。わかりました、話してもムダということが」

「そうだな。とっとと決着をつけよう」


 神社に到着するなり、ふたりは5、6メートルの距離をおいて対峙した。

 さきほどのファミレスの続きとばかりにベルデは光の剣を構え、モルテはスケルトンを自身の周囲に侍らせる。


「だ・か・ら! どうしてすぐ物騒な決着方法を選ぼうとするんだよ!」


 こうなることは予想していたので、あらかじめふたりのちょうど中間に立って、おれは両手を広げた。

 気分はまるでクリス・プラット、もしくは百合に挟まる男だ。


「さっきの会話は聞いていましたよね?」

「そうだ。もはや話し合う余地はない!」


 この息の合いよう。

 実は似た者同士なんじゃないか?


「真名井くん、さっきはいいそびれたが、私は幻界と人界の橋渡し役を務める《双界会議》から、幻界側の裁定者に任ぜられている。裁定者とは、互いの世界で破壊的行為をおこなう者を拘束、あるいは抹殺する権限を与えられた法の番人だ。つまりこれは、正統な職務の遂行である!」

「破壊行為なんてだいそれたこと、モルテはしてないよ。おれが保証する」

「真名井くんは騙されているのだ。彼女はダークエルフにして死霊術師ネクロマンサー。それだけで、私が動くのに十分な理由たり得る」


 元いた世界でもネガティブなイメージがあったが、そこまで扱いが悪いのか?

 すくなくともモルテやリナの態度からはそうした印象は受けなかったけど。

 モルテがいうように、エルフの考え方が古いのか、それとも地域差があるのか、そのあたりの事情はまだよくわからない。


「そうまでいうなら、わかったよ。思う存分、ふたりでやりあったらいい――ただし、相撲でね!」

「「相撲!?」」


 モルテとベルデの声がきれいにハモった。

 やっぱりこのふたり、似た者同士では?

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