第5話 引っ越し
リスレッティオーネ邸で出された食事だが、見た目に反して美味だった。
食材に関しては、訊いても何ひとつわからなかったけれど。
その後で、さっそく荷物を取りにいこうということになり、今度はモルテがおれのアパートにやってきた。
人手が必要だろうとスケルトンも4体、リヤカーを引いてついてきている。
おれにはわからない、おそらく幻界の言葉でスケルトンに命令を与えるモルテを見て、本当に
ちなみにおれのアパートだが、築40年、リスレッティオーネ邸に比べたら貧相そのものだ。
てっきり、ここは犬小屋ですか? 人の住む建物はどこにあるんですか? などと訊かれるものと思っていたが、モルテの反応はごくふつうだった。
「馬鹿にしないでください。わたしこれでも、人界の事情には精通してるほうなんですよ?」
ぷうっ、と頬をふくらませて、モルテは抗議した。
「それと、わたしは自分が裕福だという自覚はありますけど、財産の多寡で人の評価を変えたりはしません」
「その物言いがすでに、恵まれた者って感じはするなあ」
まあ、悪意があるわけではなさそうなので責めたりはしないけど。
「あの家を見て思ったけど、やっぱりモルテってお嬢様だったんだね」
「そもそも人界にやってくる幻界人は限られていて、ましてや居を構えるとなればごくわずかです。なぜなら、
「ここにいる時点で幻界人の上澄みってわけだ」
「そう思って頂いて結構です。能力も社会的立場も相応にある上、
「まさにVIPかあ」
「気後れしましたか?」
いたずらっぽく、モルテが訊いてくる。
おれは「ちょっとね」とだけ答えた。
生者ふたりが無駄口を叩いているあいだに、スケルトンたちは部屋にあがり込んで荷物をまとめる作業に入っていた。
互いに言葉を交わすこともできないのに、やたらと連携がとれているのは、モルテという命令者の許に意思統一がなされているからだろうか。
元々おれの部屋はさして荷物が多くないので、すぐに作業が終わってしまいそうだ。
手伝うつもりでおれも部屋に入り、まだ手のつけられていない居間の一画に立った。
「これは……死者を祀る道具ですか?」
「本当にこっちの世界に詳しいんだね」
壁際の、その空間を占拠しているのは仏壇だった。
置かれている位牌は三柱。
両親と妹のものだ。
いちおう親戚が後見人になってくれてはいるものの、直接顔を合わせる機会は少ない。
いまのおれは、ほとんど天涯孤独といっていい身の上だった。
「ご両親が亡くなったのは知っていましたが……そうですか。妹さんも」
「高校受験の直前にね」
両親が死んで以来、おれの生きる理由は妹だった。
だが、その妹――
最後に残った大切なものさえ奪われてしまったのだから、生きるのが嫌になって当然だと自分でも思う。
その上、なんだ。
おれまで事故で死にかけるとか、呪いでもかかってんのか?
思い返したとたん、誰でもいいから当たり散らしたい衝動に駆られたが、おもてには出さなかった。
そんなことをしても意味はないし、そもそもモルテは無関係だ。
ひと呼吸。ふた呼吸。
ゆっくりと心を落ち着けて、おれは三柱の位牌を手に取った。
これだけは、他人任せにしたくない。
「さすがに、体が残ってないとゾンビは作れないよね?」
「……そうですね。お力になれず、申し訳ありません」
「いいよ。訊いてみただけから」
本心では家族がもどってきて欲しいと願っているのに、それを実現させるのには、どこか忌避感がある。
踏み越えてはならない一線があると感じてしまう。
それはもしかしたらモルテに対して、とても失礼なのかもしれない。
けれど、彼女はなにもいわない。
思慮深さのゆえなのか、それとも本当になんとも思っていないのか。
見えない一線は、そのまま彼女との距離であるような気がしてならない。
いつか、そこを乗り越えて、理解しあう日はくるのだろうか?
そう考えたところで、はっと気づいた。
そうか。
寂しかったのは、おれのほうだ。
せまい部屋でたったひとり、喪失と向き合う日々がつらかったのだ。
「キリヤ君、どうしたんですか!?」
狼狽えたようにモルテが叫んだ。
とめどなく、おれの頬を熱いものが伝っていた。
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