第4話 ゾンビメイド
町全体を一望できる丘の上に、リスレッティオーネ邸は建っていた。
「どうです。気に入りましたか?」
おれの驚き顔をどう解釈したのか、モルテは得意げに胸を張る。
たしかに立派な屋敷ではあった。
壁も屋根も漆黒。三階建てで、周囲は煉瓦の壁に覆われている。
窓枠やのバルコニーの柵には見たこともない様式の装飾が施され、軒からは魔除けか何かだろうか、植物の蔓だか球根だかを紐状に連ねたものが何本もぶらさがっていた。
「家族は住んでるの?」
「わたしと、メイドがひとり。意思がある者はそれだけですね」
「え。意思がない者もいるってこと?」
「はい。これだけの広さのおうちにふたりでは人手不足でしょう? そこは、わたしの作り出したアンデッドたちで補っています」
「……ちなみに何体くらい?」
「いま稼働しているのは12体でしょうか。ゾンビが2体にスケルトンが10体。必要に応じて足したり引いたりしますけど」
……なんだか、中に入るのが怖くなってきたぞ。
見た目的な問題もあるし、においもキツそうだ。
これは、とっとと同棲をお断りする理由を考えたほうがいいかもしれない。
おれが足を踏み出すのを躊躇していると、バァン! と音をたてて目の前の扉がひらいた。
「モルテ、帰ったか!」
耳をつんざく大音声。
何事かと、現われた人物をまじまじと見る。
それは、クラシックなメイド服に身を包んだ小柄な少女だった。
どれぐらい小さいかというと、身長170センチ前後のおれやモルテより、頭ひとつ分ほど背が低い。
ついでに顔も小さくて、手足も小枝のようにほっそりしている。
解いたらそこそこ長そうな金髪をお団子にして両サイドにまとめ、瞳は宝石のように輝く水色だ。
彼女がさっきいっていた、もうひとりの意思ある者――モルテのメイドなのだろう。
「紹介しますね。この子はリナーシタ」
「おう、よろしくな! お前がモルテの
「ああ、うん。よろしく」
「なんだなんだ? しょぼくれたツラァしやがって! ちゃんとメシ食ってっか?」
「そういう君も、顔色が悪いようだけど……」
「ったりめェだろ! ゾンビだからな」
「えっ。じゃあ、この家に2体いるうちの1体が君ってこと?」
「はい。リナには人の魂が入っていて、アンデッドたちの統率を任せているんです」
「おう、特別製よ!」
証拠を見るか? というなり、リナは自分の頭を両手でつかみ、コルクの栓みたいに引っこ抜いた。
「うわあっ!」
腰を抜かしたおれを見て、リナがゲラゲラと笑う。
なるほど、たしかにゾンビだ。
しかも、ただの動く死体ではなく、魂が入っているから意思もあるわけか。
「リナ、お掃除は終わった?」
「ったりめェだぜ。リナ様の仕事はいつも完璧、特に今日は初めて婿殿を迎えるってんで、気合入れてやらせてもらったぜ」
婿殿、という呼び方はともかく、リナの言葉通り、屋敷内はどこもぴかぴかで埃ひとつない。
特に床は、顔が映るほどきれいに磨き抜かれていた。
「へえ。すごいな」
仕事ぶりを賞賛されると、リナはニカッと歯を見せて笑った。
そういう表情を見せると、小柄な体格も相まって、とても可愛らしい。
「だろォ? モルテの部屋だけは、ちぃっと苦労したけどな。このお嬢さんときたら、てんでズボラでよう。脱いだモンは放りっぱなしだし、使ったモンを元の場所にもどすこともできねえ。それでよくアンデッド作りの薬を管理できるもんだなって感心すらァ」
「ちょ、ちょっとリナ! よけいなこといわないで!」
「うっせえ! これから何百年と一緒に暮らす相手に見得張ってどうすんだ」
なんだかこのふたり、主人とメイドというより、姉妹のような関係なのかもしれない。
さしずめ、だらしない姉としっかり者の妹といったところか。
「そういえばキリヤ君、朝食がまだでしたね。リナ、なにか用意できますか?」
「おう。簡単なモンでよければな」
「では、そのあいだに屋敷内をご案内します」
モルテの後をついて、主だった部屋、バルコニー、庭とまわっていく。
全体の印象は、かなり殺風景だった。
たしかに掃除は行き届いており清潔なのだが、部屋のほとんどは家具も置かれていない。
庭にいたっては、ゴミの類こそ落ちていないものの、庭木も芝も、明らかに何年も手を入れていないのがすぐにわかった。
「リナは本当に有能な子で、いろいろできるんですけど、さすがに庭師の技術は身につけていなくて……」
「専属の庭師とかいないの? こんな屋敷を持ってるくらいだし、モルテって結構いいトコのお嬢様なんじゃ」
「
つまり、モルテたちが人界にもどってきたのは本当にごく最近なのだ。
なんでそんな急に――って、そうか。
「もしかして、おれが事故に遭ったから?」
「………」
彼女の沈黙が、そのまま答えだった。
「心配、してくれたんだ」
「最初にそういいませんでしたか?」
前をゆくモルテは、振り返らずにいう。
すこし拗ねたようなその声に、おれは二の句を継げなくなる。
沈黙を抱えたまま屋内にもどる道を歩いていると、脇に立っていたスケルトンがカタカタと音をたてながら一礼した。
こんなふうに、屋敷内を巡っているあいだも何度かアンデッドたちと遭遇したが、いずれも黙々と己の仕事をこなしており、おれたちが横切る瞬間だけ手を止めて挨拶をしてくる。
その際も、一切声は発さない。
そもそも言葉を話す機能があるのかすら怪しい。
見かけ上は10人以上暮らしているのに、屋敷全体がどこか物寂しく、常にすきま風が吹いているような印象があった。
「おう、待ってたぜ!」
食堂に入ると、かぐわしい香りが鼻腔をくすぐった。
長い長方形のテーブルの両端にパンとオードブルの載った皿が並べられており、椅子の後ろには給仕役と思しきスケルトンが立っている。
彼らは律義にも灰色の給仕服を着込んでおり、こちらに向けて完璧なおじぎをしてみせた。
そのユーモラスなようすは、動く骸骨という不気味さを中和させるのに十分だった。
「こっちの人間をもてなすのは初めてだからな。コース料理ってのを真似てみたんだ。メインは
「あ、ありがとう」
緊張しながら席に着く。
どうしたものか。コース料理なんて、おれも食べたことないぞ。
しかもオードブルに使われている食材は、どれも見たことがないものだ。
うへえ。なんか、虫みたいなのもあるんですけど。
「どうぞ、堅苦しく構えず。わたしたちも、こちらのマナーには不慣れですから、無作法があっても許してくださいね」
「……うん」
気遣いのできる人だ。
こちらの緊張を察して先回りしてくれた。
そんなモルテの表情は、さっきからどこか影を帯びている。
原因は、たぶん、そう――
おれが心をひらかないからだ。
記憶にない、というか、おれにとっては知らない相手なのだから警戒するのは当然で、だから向こうもなにもいわない。
けれど、彼女が嘘をついているとか、騙そうとしているわけではないのは、なんとなくわかる。
事故の報せを聞いて異世界から飛んできてくれたわけだし、再会を心待ちにしていた気持ちもあっただろうに。
おれは顔をあげた。
「あの、さ……同棲の件なんだけど」
モルテが、はっと顔をこわばらせた。
「は、はい。わかっています。優先すべきはキリヤ君の気持ちですから……無理強いはできませんし、それに、同棲はしなくても、これから会う機会はいくらでも――」
「いいよ。ここに住むよ」
「ほんとですか!?」
モルテは勢いよく立ちあがった。
抑えきれない歓喜が、声に、表情に溢れていた。
「聞き違いじゃないですよね? え、でも、どうして急に。こっちはどうやって口説き落とそうかずっと考えてたのに……」
「思ったより悪くないかな、って。きみも、この家も。それに、いま住んでるアパート、もうすぐ契約更新なんだ」
「金が理由かよ」
「大事なことだろ?」
モルテに向き直ると、感極まったように全身を震わせ、目には涙まで滲んでいた。
「ありがとうございます。大切にしますね!」
「いや、結婚するかどうかはまだ決めてないから」
それにしても、こんなに喜んでもらえるとは。
勇気を出して決断した甲斐があったというものだ。
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