KAC2024応募作品 2人目の母親

ガビ

2人目の母親

 当時10歳だった少女に母親が言い放ったセリフが、これだ。


「アンタのせいで拓也に振られた!コブ付きの女は萎えるって!アンタなんか産まなきゃ良かった!」


 そう言った後、平手打ちを喰らった。

 10歳というのがポイントだ。


 これが乳幼児期だったならセリフの意味が分からなかった。高校生だったらそれなりに力もあるから抵抗できた。

 その中間の、セリフの意味が理解できて、体格も未完成な時期にこれを浴びせられたら、人格に多少なりとも影響が出る。


 それから約8年、私は1人で暮らしてきた。しかし、これからは他人と暮らすことになる。

 共同生活は久しぶりなので、今日は少し緊張している。


「やっぱり東京の家賃はどれも高いねぇ」


 不動産屋の外壁に貼っている間取りを見て、何故か楽しそうにしている美優は、人格破綻者である私と一緒に住もうと言ってくれた変わり者だ。

 高校の入学式から大学2年生まで間、私なんかに優しくし続けてくれている。


「まあ、沙織と住めるんならどこだって良いか」


 時々、この優しさが怖くなる。

 この優しさに相当するお返しを、私はできていないから。

\



「まあ、こんなもんでしょ」


 不動産屋さんがいるのに美優はそう呟いた。

 ボロっちいアパートに内見にきた美優の感想だ。


 私達の通う大学の近くには、お洒落なアパートがたくさんあったが、貧乏学生2人が力を合わせたところで手の届くものではなかった。


 だから、風呂トイレがついているという最低限の条件をクリアしたお洒落とは正反対の物件に決めた。

 私としては雨風を凌げれば何だって良いんだけど、美優はキラキラ大学生だから不満が残っていそう。


 私がもっとお金を持っていたら。

 ‥‥‥臓器提供って、どうやったらできるんだっけ?


「なんか変なこと考えてるでしょ?」


 思想の海に沈んでいこうとする私を止めたのは、またしても美優だった。


「そんなことしなくて良いんだよぉ。沙織が元気でなきゃ意味ないんだから」


 そう言って頭を撫でてくる美優は、かつての母親のようだった。

 あの人も、稀に母親としての自覚が芽生えることがあった。まあ、翌日まで続かない持続性の無い無責任な母性だったが、一緒に寝ならが撫でられるのは嫌いではなかった。


「よしよし」


 本当になんなんだ。

 もう、人の温もりなんて忘れようとしていたんだ。今更、こんなことされても‥‥‥。


「これから、いっぱい甘やかしてあげるからね」


 美優は、慈愛に満ちた表情でそう言った。

 聖母って、こんな顔をしているのかな?

\



 半年後。


「おかあさ‥‥‥美優」

「あれ?今、お母さんって呼ぼうとした?」

「‥‥‥うん」

「沙織は本当に可愛いなぁ。ほら、膝枕したげる」


 以前の自分だったら100%断っていたでろう提案に、私はフラフラと近づき、柔らかい膝へと吸い込まれていった。

 日に日にダメになっていっている気がする。でも、不思議と嫌じゃ無い。


 美優は、私の髪を丁寧に撫でながら囁く。


「ずっと一緒にいようね」


 

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