第11話 血盟団と竜崎

 どちらも絶望的だが、少し前の自分だったら、どちらを選んだか?

 自分にとって、少しでも可能性のある未来はどちらか?

「——それが血盟団の目的かは不明ですが、今の世の中と比べて、そっちの方が良いと言う若年層はいると思いますよ」

「……それは参考になる意見だ。俺はお前達と違い、恵まれた時代に生まれた世代だからな。竜崎、お前はホッブスの政治理論書を買って読め。これも仕事だ」

「うお、マジか……了解」と、「哲学」や「理論」という単語に拒否反応を示す竜崎。項垂れつつも、メモを取っていた。

「俺達は日本という国家と社会契約を結び、国家に帰属している。愛国心ではない。国籍という契約書で家賃を払い、住んでいるということだ——山田、報告を頼む」

「はい」

 PCを操作し、あらかじめ作成した資料をモニターに出力。何かと話題になる龍崎重工に関するネットニュースの記事が映ったことを確認後、山田は手元に置いていた眼鏡を掛けた。

「これは龍崎重工が以前開発した軍事用光衛星通信装置に関する記事です。『衛星搭載用モデルを台湾に三基輸出』という見出しですが、のちに輸出先が中国政府のダミーカンパニーだということが発覚し、輸出停止に陥りました。大手メディアの報道はここまでですが、週刊誌に寄稿したフリージャーナリストによる匿名取材で『通信装置の一基が行方不明』という情報が掲載されます。これは早乙女と共有してディープウェブでもチェックしてもらいましたが、似たような情報が現在も出回っているようです」

 マウスを動かし、新たな資料を表示。報告用にAIツールでまとめた図がモニターに出力される。図の下端には『地表』と書かれた地球の表面が描かれ、そこには巨大なアンテナが目立つ基地局がいくつか設置されている。上空には高度に応じて役割が異なる通信衛星が数基、浮かぶ構図となっていた。『2030年代に起こった通信革命』と名付けたタイトルは「我ながら簡素で見やすいな」と、山田は安心した。

「ここで光衛星通信の説明を挟みますが、この中で詳しい方は指摘をお願いします」

「詳しくは知らない」「僕も何となくしか……」「なんか速そうだよな」と呟く三名。

 俺も半導体関連の勉強で調べただけだけどな。

「日本の大手通信キャリアは地上の基地局を整備することによって、通信速度を6Gや7Gに向上させていますが、世界の主流は低軌道衛星通信になりました。従来の通信衛星は地表から三万六〇〇〇キロの軌道を静止軌道衛星が周回していましたが、距離があるため電波が届きにくいデメリットがありました。低軌道衛星は高度五〇〇から二〇〇〇キロを周回します。一基あたりがカバーできる地表面積は少ないですが、現在は大量の打ち上げに成功し、基地局の遠い山間部や海上でも光回線と同じ速度で通信可能です。災害や戦争で基地局が破壊されても影響がないというメリットがあります。このセーフハウスの契約先も衛星通信です」

「正直、それが普通の時代に生まれたので実感が湧かないんですよね……」

「『俺の時代は』という言葉は使いたくないが、光回線が登場する以前のADSLは二〇二四年にサービスを終了しているはずだ。動画サイトでは、一〇分以上の動画などは読み込みに時間が掛かり、観れたものではなかった。シークバーを動かして好きな場所から再生するのは実質、不可能に近かったんだ」と、境。

「本題の光衛星通信に入りますが、タイトルにもある通り『通信のゲームチェンジャー』となりました。真空である宇宙からのレーザー光なので電波とは違い、回線が遅いということはありません。しかも回線速度は10Gを超えます。全ての低軌道衛星にこれが搭載されるのは時間が掛かりますが、既にNATOでは軍事用として稼働しています」

「それに中国が目を付けたってことか。中国ではその光衛星通信システムは普及してねえのか?」

「技術的には中国も遅れを取っていない。だから、これは『第三国』による介入だと思う」

 そこで山田は早乙女に話を振るため、マウスを動かし始めた彼に目線を送った。モニターには英語表記のショッピングサイトが映った。

「ダークウェブ上に出回っているのは、これらのパーツだと噂されています。山田さんいわく、冷蔵庫くらいの大きさみたいですね」

 ホログラムに光衛星の現物モデルが浮かぶ。通信機器や高分解能カメラを積んだ四角いボックスから、太陽光発電に欠かせない黒い電池パドルを両翼の如く生やしていた。ボックスは宇宙空間でも支障をきたさないように金箔のようなフィルムで覆われていた。

「分解後にただの機械部品としてマーケットに売り出しているんだと思います。買い手は限定されているみたいで、東側諸国の人間にしか販売していないようですね。直接的な交渉はメタバース上でのチャットを介して、現地で受け渡すらしいです。既に削除されていますが、以前はサイトのチャット欄に『アイランド』、『レストエリア』という単語が並んでいました。多分、取引現場を指定していたんだと思います」

「何かの暗号じゃないとしたら、『島』とか『休憩所』っていう意味かな?」

「日本語的にレストエリアはサービスエリアのことだとは思うんですが……竜崎の相手は『海上』と言っていましたよね?」

「ああ、全部矛盾してるけどな」

 島、サービスエリア、海の上……

「全部の要素が合わさるのか、全て違う場所で取引するのかな……」

「犯人の特徴はエンブレムだけですか……他に手掛かりがないと厳しいですね」

「どうすっかな……クソッ、獲物は目の前にあんだけどよ。来月って意外に時間ねえな……」

 ——取り敢えず、一旦畳むか。

「自分からの報告は以上です。今回のことに限定した話ではありませんが、今後はエージェント運用のためにも週刊誌の記者と接触し、獲得工作を図ろうと思います。質問はありますか?」

 部屋に沈黙が訪れる。早乙女がスマート照明を点灯させるために、拍手をした。その音だけが広間に響く。

 資金の流れや重要人物達は掴めた。

 犯行手順も分かった。

 組織のシンボルも把握した。

 しかし、肝心の取引現場が抑えられない。

「竜崎が入手した取引情報が光衛星の行方に繋がるかは不明だが、可能性は考えておこう……この数カ月で一番の成果だ。特にメタバース関係は他の情報機関にはない着眼だ。これまで通り、タッチパネル機能付きのマルチモニターをミッションボードに使う。チーム内の情報をライン状に結んで共有してくれ。俺からの総括は以上だ」

 椅子から立ち上がった境は、いつもの言葉で締め括った。

「スパイ活動は点と点を繋げる作業でもある。どれだけ技術が発達しても地道な作業が続くことは変わらない。手に負えなくなったら、必ず仲間や上司に頼れ。気分転換に今日は寿司にしよう——早乙女」

「大丈夫ですよ、留守番は任せてください。僕未成年ですし、店でアルコール選ぶ必要ありませんから。買ってきて欲しい物リストは竜崎に送信しておきました」

「また俺かよ! まあ、助けてもらってるから何も——あ」


(ここからは本編でお楽しみください)

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