第10話 血盟団と竜崎
「でもよ、クラッキングって違法行為なんだよな?」
「そこで境さんに相談なんですが、警視庁のホームページを小一時間ダウンさせても良いですか?」
境は一瞬、無言になり、「……警視庁でなければ駄目なのか?」と腕組みした。
「生半可なクラッキングでは招待されないみたいです。自作した練習用のゾンビサーバーをサンドバッグにしているのと変わりませんから。先進国の官公庁、それもサイバー犯罪に厳しい省庁に攻撃しないと認めないとか」
「……分かった、警視庁と内閣にいるアセットに相談しておく」
早乙女は背伸びをし、うなった後、モニターから資料を消した。
「と、いうことで、本格的な接触はこれからなので、僕の成果はこんなものですね——後は竜崎、例の件も踏まえてお願いします」
「あいよ」
モニターには大手SNSサイトがいくつか表示された。次に、竜崎の偽装用アカウントが誰かにダイレクトメッセージを送っているスクリーンショットが映る。そこからクラフトアドベンチャー内で竜崎のアバターが招待され、別のアバターと反社会的なチャットを繰り返している映像が出力された。
「俺はSNSとかメタバースの中でヤバそうなアカウントを探して、オトメの作ったディープウェブ監視ツールっつーものに世話になってました。命令役をとっちめる技術はないんで、実行役の内情を探ってたんすけど——」
チャットの中で、気を良くしたらしい相手のアバターが、竜崎に何かしらの画像を送信する。
「その途中で、こんなエンブレムを見つけました。どうも、これが最近できた血盟団のシンボルらしいんすよ……」
「何?」と、境が思わず身を乗り出し、凝視していた。山田もモニターからスマートテーブルのホログラムに投影された立体画像を見る。盾のようなエンブレムの中に、熊とゴリラが合体し、そこから闘牛のような角を生やした怪物が描かれていた。
まるでRPG(ロールプレイングゲーム)に出てくる魔獣「ベヒーモス」みたいだ。
「なかなか尻尾を出さないんで、途中から血盟団のフリをして接触しました。バレないか心配だったんすけど、危ない橋を渡ったかいはあったすね」
「何だか本物の構成員みたいでしたよ。反社なのは顔だけじゃないんですね」
「ま、まあな!」と、竜崎は焦ったのか皮肉にも応じず、「……それと、相手は龍崎重工の派遣社員らしくて、近い内に企業秘密を持ち出して誰かと交渉しようとしてるみたいっす」と締め括った。
「交渉日時と場所は分かるか?」
「『来月の下旬には海の上』とか言ってたっすけど、さすがにそこまでは引き出せなかったっすね。今後はエンブレムをその場で見せ合うのが仲間である印になるとか……」
ということは、スパイとして潜り込む場合でも必須のアイテムということか。
「見せ合うっていうことは、バッジとかワッペンみたいな現物があるってこと?」
「ニュアンス的にはデジタル名刺みたいな可能性もあるかもしれねえな。疑われたくねえからこっちもシッタカして、深くは突っ込めなかった——俺からは以上だ」
「僕達二人の成果はこんな感じですが、質問はありますか?」
境は首を横に振っていたので、山田はテーブルの中央を指しながら気になったことを訊いた。
「どうしてエンブレムが『ベヒーモス』みたいなのかは訊いてみた?」
「ベヒモ……なんだって?」
「ベヒーモスっていうのは、ゲームとか神話に出てくるモンスターのことですよ」
「いや、すまん。それすら分からなかった……カッコつけて強そうなエンブレム作っただけじゃねえのか?」
確かに、そういった理由もあるが……
「大事な理由があるはずだ」
そう言い切った境は、ホログラムから竜崎に目を移した。
「組織のシンボルだ。自分が建国して国家元首になるなら、国旗を適当なデザインにはしない」
「あーそう言われると、確かに……」
「ベヒーモスと訊いて、他に何が思い浮かぶ?」
話を振られた山田は、勝連で入校前に哲学書を読み漁っていた時を思い出した。
「……『トマス・ホッブズ』のベヒーモス?」
「俺もそれが頭に浮かんだ」
「なんじゃそりゃ?」
「ルソーも論じている社会契約論の一つだ。秘境の原住民であろうがホームレスであろうと、現代人は一定の安全を保障される代わりに国家と契約を結んでいる。対価は税金や労働だ。そこから逸脱した状態を哲学者のホッブスはベヒーモスに喩(たと)えた」
「逸脱?」
「国家体制の混乱、もしくは国家自体が崩壊した状態のことだ」
「つまり『マッドマックス』みたいな世紀末状態ってことですよ。警察も軍隊も機能しない、力だけが支配する自由と恐怖の世界ですね」
「やべえな、弱者は搾取されるってことか」
山田は想像してみた。
政府や自治体などの統治機構は機能不全。女性や子供、老人は真っ先に狙われ、銃や筋肉で武装した集団だけが食糧やエネルギーを奪い合い、生き残れる世界。荒れ果てた都市部にコミュニティーが築かれ、その中でのヒエラルキーに結局は従わなければならない人生。
かたや労働に明け暮れ、見えない未来のために、出口のないトンネルを永遠に走り続ける大半の現代人。
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