第9話 血盟団と竜崎

 早乙女は左から順番にマウスカーソルで指し示した。

「まずメタバースやSNS上で実行役となる人間を勧誘します。謳い文句は『輸入代行の手伝い』とかが多いようです。指示通りに動いた実行役は報酬を現金で受け取ります。そのために不正に入手した日本人の個人情報や、母国に戻った外国人の口座などを悪用してネット口座を作成するそうです。実行役が盗んだお金や物は換金され、『買い子』と呼ばれる人間がそのお金でゲーム機などを不正購入し、それをまた売って暗号資産に変えます。そこからは命令役に送金されたり、『出し子』というATMから現金を引き出す係が暗号資産から現金化されたお金を実行役に渡します。報酬は現金の場合もあれば、『受け子』と呼ばれる人間が荷物として自宅や空き家で受け取り、実行役に渡す場合もあるようです。成果物がなく、社会不安を煽るような仕事内容の場合は、海外の暗号資産取引所から通貨を何度も交換し、イーサリアムという新たな暗号資産を作りだす効果を持ったコインに変えられ、集約ポイントと呼ばれる場所から更に分散し、最低でも四つ以上の送金先を巡った後に不正口座へと振り込まれ、出し子から報酬を受け取ります。そして警察に逮捕される前に第三国へと渡るようですが、ここら辺の手引きはデジタルの痕跡がありません。境さんいわく、逃げ切れるかは五分五分らしいですが」

「どっちにしろ、命令役を叩かない限り解決しねえな」と、竜崎。

 多分、血盟団に幹部がいるとしたら命令役なのだろう。しかし、足取りを掴まれないように何重にも対策する人物をそう簡単には——

「そんな命令役と思われる人物を、僕は見つけてしまったのですよ」

 何だって?

 自信に満ちた顔つき……というか、教育中に幾度となく見た得意げな表情に、山田は半信半疑になった。

「世界では一秒で一二人、日本では一〇秒に一人がサイバー攻撃を受けています。そこで僕は日本を支える企業や政府のサーバーに攻撃を加える『クラッカー』を追いました。血盟団やロシアにも繋がるし、それらしい事件を未然に防いだところでトカゲの尻尾を集めるだけだからです」

「クラッカー? ハッカーじゃねえのかよ?」

 すると早乙女は苛立ちを隠さずに怒鳴った。

「あのですね、ハッカーというのは僕も含めたプログラマー全体を指す単語でもあるんですよ。ハッキング自体に良し悪しはありません。厳密には違法なハッキングがクラッキングで、それをやるのがクラッカーです。少し前からホワイトハッカーやブラックハットという言葉で差別化されましたが、元を正すとネットリテラシーが無い癖に知ったかぶりをする竜崎みたいなのが混乱を引き起こすんですよ」

「わ、悪かったな……」

 鼻息を荒くした早乙女はモニターに表示された図を消し、『Tor』というブラウザを開いて、画面のパーセンテージが満たされるのを待った。そして端的にキーワードを打ち込み、何かを選択。すると、とてつもなく簡略化された検索結果のページが表示された。数世代前の古い作りのようで、文字化けしているようなサイト名が並んでいる。その中の一つを開くと、アイコンの横にメッセージが書かれた吹き出しが縦に流れるサイトが現れた。

「これはディープウェブにある匿名掲示板の一つです。個人情報やウイルス作成の手段がやり取りされる場合もありますが、基本的にはこうしたウェブサイト全てが違法なわけではありません。論文を探したり、政府の規制が強い独裁国家などではよく活用されますから」

 マルチモニターの一つに海を層ごとに表示した断面図が出力される。どうやらネットの広大な海を三つの層に分けたものらしい。

「インターネットは三層に分かれています。誰でもアクセス可能なサーフェス(表層)ウェブと違い、ディープウェブやダークウェブは大手検索エンジンではない特殊なブラウザを使用します。だから一般的な検索エンジンの巡回プログラムであるクローラーでは辿り着けない検索結果を出せます。有料会員限定ページや、パスワードを入れなければ閲覧できないページも厳密にはディープウェブです」

「ふと思ったんだけどよ、誰がいつこういうのを作ったんだ?」

「アメリカ海軍ですよ。元は軍事用に匿名性を確保した『オニオン・ルーティング』という通信技術が非営利団体に引き継がれ、『Tor(The Onion Router=トーア)』」と呼ばれるようになったんです。何層にも暗号化された様子を『玉ねぎ』——つまり『オニオン』に例えた名前らしいですね。今のように拡大したのは二〇〇五年頃からみたいですが、アメリカやドイツ当局がいくつか閉鎖に追い込んだようです。ですが、こうしたディープウェブの全容を把握している人間は恐らくいないでしょうね……話を戻すと、そんなダークウェブで『グール級クラッカー』として信奉されているアカウントを発見しました」

 意味が分からず、山田は訊ねた。

「グール級?」

「クラッキングの『指導者(グール)』として大勢のクラッカーから尊敬されるプログラマーということです。ハッキングで言えば『ウィザード(魔術師)級』の超天才ハッカーみたいな感じですね。どうもアメリカやイギリス、日本に対するいくつものクラッキングを成功させ、その度に称賛を受けているようです。ただそれを良く思わない一部のクラッカーが、『ジーヴィッカ』というアカウント名から人物像を特定しようとしたみたいです」

「ジーヴィッカって……スラヴ神話に出てくる狩りの女神だっけ?」

「へえ、物知りだなヤマちゃん」

「いや、ゲームか何かでそんな名前を見た気がする……」

「わざわざスラヴ系を選ぶということは、出身地の可能性もあるのだろう」

「僕もその線で調べましたが、東側のクラッカーなんて山ほどいます。そこで信頼性は低いですが、掲示板内に書き込まれた複数の匿名クラッカーによる『ある情報』を信じることにしました」

「それは何だ?」

「『ジーヴィッカはクラフトアドベンチャーにいる』という書き込みです。それも『ログイン時間から考えて、ジャパンサーバーにいる』とか。どうやらある程度のクラッキング能力を見せれば参加できるコミュニティーがあり、そこでジーヴィッカと接触したアカウントが漏らしたようです。力を証明できれば、秘匿性の高いチャットアプリであるテレグラムのグループや、クラフトアドベンチャーなどのメタバース上にフレンドとして招待されるみたいですから」

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