第8話 血盟団と竜崎

 モニターに何かを段階的に分けた図が表示される。どうやらこれが不正送金の手順らしい。

「ここからはあくまで僕の推測ですが、『ローンウルフ(一匹狼)型のホームグロウン(自国産)テロや犯罪を組織的に発生させる』という矛盾を達成するために、血盟団は『システム化された非組織運営』になっているのだと思います。これも矛盾しているんですけどね……」

「俺も同意見だ。以前、血盟団の構成員を尋問したことがあったが、『血盟団は組織ではない』と言っていた。別の構成員は日本語学校に通ってはいたが、ろくに喋れず、自分が何をしているのか分からない様子だった。命令役である上流工程の人間の顔や名前は、実行役である下流工程の人間には決して伝達されない。芋づる式の検挙を回避するため、トカゲの尻尾切りにする。システム化されたテロや犯罪組織では常態化しているやり方だ」

「そうすっと、リーダーシップに頼らない組織運営が大事だな……やっぱ金か?」

「そうですね。違法行為の内容や方法をどこまで具体的に指定しているかは分かりませんけど、少なくとも報酬は支払っているみたいです。境さんに教えてもらった血盟団の犯行と思われるこれまでのログをダークウェブで追いました。モニターを見れば分かりますが、過去に不正送金された暗号資産の流れを辿ると、何重にも資金洗浄をしているみたいです」

「あー、話の腰を折って悪いんだけどよ……資金洗浄とか暗号資産って、調べてもいまいち良く分かんねえんだよな」

「資金洗浄はマネーロンダリングのことです。犯罪収益など違法に手に入れた資産に捜査の手が及ばないようにするんです。送金手続きを複雑化し、足跡を辿れなくしたりとか。暗号資産は……そうですね、ブロックチェーンとかシステム的な話を竜崎でも分かるようにするには、何て言えば良いか……」

「面目ねえ」

「ひとまずシステムのことは良いんじゃないかな?」

「僕、日本語での説明が苦手なんですよ」

 そうすると、俺自身もデジタル通貨という認識くらいしかないんだけどな……

「簡単に言えば、『お金のようなもの』だ」と、境が救いの手を差し伸べた。

「二〇二〇年四月に暗号資産法が施行され、五月に改正資金決済法で規制されて仮想通貨から暗号資産に名称が変わった。金融商品取引法にも『お金のようなもの』として定義され、税法により所得税が課せられている通貨だ。法定通貨である紙幣や硬貨との違いを明確化するために、仮想通貨という名称が使われたのだろう」

「具体的には何に使われてるんすか?」

「主に送金や決済手段だ。暗号資産交換所や取引所で扱う。一九七〇年代になり、国際銀行間金融通信協会、通称『SWIFT(スイフト)』という略称で知られる国際送金ネットワークが確立された。だが時が経つにつれ、銀行間をまたぐ手数料と送金速度に問題が生じた。為替レートに上乗せされた為替手数料は二〇〇〇円から六〇〇〇円掛かり、送金には三日から五日、土日や祝日を挟むと一週間以上掛かるという点だ。そこにサトシ・ナカモトという謎の人物が発表した暗号理論に関する論文が注目を集めた。これがビットコインやブロックチェーンといった概念であり、結果的には送金手数料は〇・一円以下、送金速度は三秒以下という画期的なものだった。俺も早乙女ほど詳しくはないが、ブロックチェーン自体も暗号技術によって取引履歴を分散処理、記録する技術のことらしい。銀行のような中央集権型の管理者がいるわけではない。ネット上の端末同士がデータ管理する様を鎖(チェーン)に例えたことからこうした名称になったようだが、リップル(XRP)などの銘柄——つまりコインによっては会社管理のシステムもあるようだ」

「じゃあ、元々暗号関係の話だったから暗号資産っつー名前になったわけか」

「元を正せばな。だが通貨と言うのは国家の信認でもあり、利便性と政治性を持っている。自国通貨の価値が低く、信用性のない途上国では暗号資産を法定通貨として扱う国家も存在する。そして一般的に先進諸国は、外国為替市場でレートの高い通貨を保有する。その優位性を脅かす存在として政府は規制を強めた。同時に通貨同士を交換しやすいという取引の複雑性もあり、マネーロンダリングによるテロ、犯罪の資金源として流用されている事実もある」

 管理元がいなければ、履歴も残らないということか。しかし、銀行が絡むと手数料や日数が掛かる。となると……

 山田は「送金を請け負う民間会社はないんですかね?」と、気になったことを質問。

「二〇一一年にはロンドンでWise(ワイズ)という送金サービスの会社が誕生したが、送金限度額が銀行より低いため、複数回の送金が必要だ——早乙女、話を戻してくれ」

「そうですね。コイン自体の話ですと、世界で最初に誕生したビットコイン以外は俗にアルトコインと呼ばれますが、ほとんど価値がないような銘柄は『草コイン』と言われ、今では数万種類にまで膨れ上がっているみたいです」

「マジかよ。そんなの交換しまくったら訳わかんねえじゃねえか」

「だからこの図のようになるんですよ」

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