第6話 血盟団と竜崎
「竜崎」
「……ん? ああ、悪い、SVRっていうのは確かあれだろ? アメリカでいうCIAみたいなもんだろ」
「——まあ、そうだな。日本にはSVRに該当する機関はない」
珍しく的を射た回答に、境はそれ以上の追及を止めたようだった。
「SVRのアカデミーは簡単に言うとロシアのスパイ学校だ。お前達が卒業したインテリジェンス課程を思い出して欲しい。有名な出身者ではロシアのプーチン大統領もここの卒業生の一人だ。SVRは対日工作を三つのグループに分けている。日本の内政や外交の動向を探る『ラインPR』、最先端技術の窃取が目的の『ラインX』、背乗りしたスパイを支援する『ラインN』だ。DIによると、ゴルバチョワは情報将校の契約軍人だったが、ウクライナ戦争においては狙撃手として暗躍していたようだ。専門はハニートラップやネット関係らしいが、その場合はラインXに所属している可能性が高い。だがここ最近、表舞台から姿を消していた」
「契約軍人?」
「通常の軍隊であれば徴兵制度で招集される徴集兵と、軍学校を卒業した常勤の職業軍人に分かれる。ロシアにはそれらに加えて契約軍人という制度がある。これは文字通り契約社員のようなもので、日本円に換算して毎月一四万円の給料で、徴集兵から三年契約するのが一般的らしい。ロシア軍の七〇パーセントは契約軍人で、徴集兵や職業軍人より多いんだ」
「どうやってここまで特定したんですか?」と、早乙女。
「耳の形だ。人相の分かる写真がなくとも、複数の判断材料があればDIのアナリストが画像分析をして照合する。今回は九一パーセントの確率で一致した同一人物だ。いつ来るかも分からない相手を現地で永遠と待ち続けるのは現実的ではない。特に相手がスパイなら『点検と消毒』のプロだからな。せっかくの獲物を失尾したり、こっちの面が割れたら意味がない」
境がPCを操作する音が部屋に響く。大型モニターにはこれまでの画像が縮小されて表示された。
「過去にアンナ・ゴルバチョワが、東京観光に来たロシアの専門家と共に来日した際の足取りを追った。成田空港からロシア大使館、大使館から神奈川県逗子市にあるロシア連邦通商代表部の保養所、保養所から海岸までの時間を逆算し、後はエージェントに丸投げした。お前達も優秀なエージェントをスパイとして大事に扱えば、それだけ有力な情報が自動的に集まってくることを覚えておけ」
「何だか私生活でも役立ちそうですね」と、早乙女。
「公私混同はするな。言っておくが国益ではなく自分の利益として利用した場合、それは犯罪行為に該当する。アメリカでも同じだ」
「わ、分かっていますよ」
「それと、アナリストも今はほとんどがAI解析に頼っている。情報の質も高価な機材に左右されるということだ」
「……スパイもAIに職を奪われるか、難儀なもんだな」
ただ、情報の全てがデジタルで補える訳じゃない。
「だから俺達のようなケースオフィサーがヒューミントをする、ということかな……」
「そうだ。ヒューミントは決して時代遅れのインツではない。むしろデジタルに注目が集まっている時こそ時代の盲点となる分野だろう。いつの時代も、人は噂話が好きだ。当面の間はアンナ・ゴルバチョワと杉本を追うことになるだろう——以上で俺の報告は終わりだ。質問はあるか?」
山田が他二名を見ると、「今の段階ではなんとも……」といった表情で首を横に振っていた。それを確認した境は資料をモニターから全て消し、PCとのリンクを切った。
「……良し、じゃあ次は俺だな」
竜崎が早乙女と目を見合わせると、早乙女はPCを操作。モニターには流行りのSNSやメタバースソフトに関する資料が表示される。
「半グレとか闇バイト関係ばっかりで、血盟団に直で通じるかは分からねえけど、こっちも進展はあった。オトメとも協力したから、一応、俺達二人の成果報告ってことで、お願いしやす」
若干、気まずそうな様子の竜崎。デジタルに疎い自分が力になれているか、不安なのだろう。しかし、二人のインツの主戦場はネットなので、そもそも親和性が高い。バトンを受け取った早乙女はモニターに、煌びやかなバーチャル空間で3Dのキャラクター同士がメッセージのやり取りを行う様子を表示した。仮想の街——見覚えのあるスクランブル交差点から、恐らくは渋谷を模しているのだろう。デフォルメされた三頭身のポリゴンが大勢集い、ポップアップされるテキストメッセージの量も尋常ではなかった。
「これは僕と竜崎の仮想の分身、アバターです。血盟団と接触しやすいように組織や社会、政治に強い不満を抱いていることをプロフィールに書いています。説得力を増すためにリンク先のSNSでも同じ内容を投稿しました。カバーストーリー用のアカウントですけど」
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