第5話 血盟団と竜崎
「モニターに出力されているのは神奈川県鎌倉市にある材木座(ざいもくざ)海岸だ」
真上からの航空衛星写真が拡大される。そこには緑がかった海と、黒や白でまばら模様となっている砂浜が映っている。波打ち際から海の家、そして国道までの間に、色とりどりのビーチパラソルと思われる屋根が石ころのように点在していた。そこに、ほとんど同じにしか見えない航空写真がオーバレイとして重なる。良く見ると、米粒のような点が二つ、波打ち際に追加された。
「個人のプライバシーや安全保障上の観点から、政府からのシャッター・コントロールを民間の商用衛星は受けている。拡大できる分解能(解像度)は本来ここまでだが……」
境は棒付きキャンディーをくわえながら椅子の上に体育座りをしている早乙女を一瞥してから、PCを操作。荒い画像と鮮明な画像を繰り返しながら拡大していく。最終的に二つの米粒が人間であることが判明し、二人の頭頂部がモニター全体に映し出された。一人は骨格から考えると黒髪の男性だったが、もう一人は胸部の隆起から推測するにサングラスを掛けた金髪の女性であり、どちらも水着のようだった。
「これは俺が独自に手に入れた衛星写真だ。男の方は後で説明するが、女の方はロシアのスパイだ。集音技術が発達した現代では、公衆の面前でノイズに紛れた方が盗聴はされにくい。波打ち際を延々と往復しながらの会話や、街中の雑踏に紛れる、などだ」
「へえ……って、おやっさん、衛星まで使えんのか?」
「俺じゃない。俺のエージェントが撮影した成果物を買い取ったんだ」
「どうしてスパイだと分かったんですか?」と、顎に手を当てる早乙女。
「ロシアの安全保障会議は毎週金曜日に非公開の下でおこなわれる」
モニターにはキリル文字の説明文が並ぶサイトが現れた。どうやら政府の公式ホームページらしい。
「ただし招致された専門家の名前はクレムリンのホームページで見ることができる。そこから会議の内容を推測することが可能だ。そして専門家の顔はSNSや論文掲載サイト、大学のホームページから特定できることがある」
画像が切り替わる。恐らくは権威ある専門家達なのだろう。スーツ姿の中年男性が何人かで食事をしていた。かたわらには美しい女性が数名列席している。どこかのレストランのようだった。
「男の方は在日米軍基地の引っ越しスタッフとして勤務していた杉本という派遣社員で、現在の身元は不明。SNS上では、以前の職場に対する不満を投稿していたようだ——カメラから顔を背けている長い金髪の女を覚えておけ」
運転席から車のサイドミラーにカメラを向け、自撮りをしている男の写真が出現。SNSにアップロードした投稿画像のようで、サングラスをしながら歯を剥き出しにして笑っている。しかしよく見ると、巧妙に背後の金髪の女性を画角に収めていた。『めっちゃ可愛い謎の美女からSNSで逆ナンされた!』と、絵文字付きのメッセージが添えられていた。助手席の女性は携帯端末を操作しているようで、盗撮には気付かなかったらしい。ただ撮り方と角度、そしてサングラスの問題で横顔と耳が小さく見えているだけで済んでいた。
これだけで人物を特定するのは難しいが……
「この動画を良く見ろ」
PCか携帯端末かは不明。だが、何かしらのビデオチャット画面が動き始めた。映っている人物達は全員白人だったが——
これは……何かの講義か面接か?
「ロシアの大学でおこなわれた日本語学科でのオンライン授業の様子だ。複数名による通話画面をキャプチャーしたものだな。これはロシアにいる俺のエージェントが毎年送ってくれるものだが——」
「あ!」
雪のような白肌に映える長い金髪。
ハリウッド女優顔負けの微笑。
山田はその全てに見覚えがあった。
——東京ビッグサイトだ、ミカエラ・マルティニ!
しかし、そこで山田は自身の口元を片手で覆った。テーブルを見渡し、自身へと集中している全員の視線をかいくぐり、一瞬だけ早乙女を窺った後、「……すみません、後で言います」と何とか言葉を紡ぐ。
危なかった……早乙女は勝連のことを知らない。不必要な詮索を避けるために、後で境にだけ伝えるべきだ。
早乙女と境の顔を交互に見たせいか、境は察してくれたようだった。竜崎の表情はなぜか恐ろしいほどに強張っていた。
「名前はアンナ・ゴルバチョワ。出内機関のDI(情報本部)によると、どうやら彼女は大学卒業後にSVR(対外諜報庁)の対外諜報アカデミーで教育を受けたようだ」
テーブル中央のホログラムがゴルバチョワ本人の頭部に変わり、造形を三六〇度から視認できるように回転を始める。
「竜崎、『SVR』が何なのか、インテリジェンス課程での講義を覚えているか?」
竜崎の視線は、モニターをどこか懐かしそうに睨み付けたままだった。上司の質問を無視した状態なので、一応、山田は注意する。
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