第4話 血盟団と竜崎
「——いずれにせよ、何が血盟団の構成員獲得の決定要因になるのかは不明だ。貧困もあるだろうが、時期的特性を考慮すれば、気温が戦争やテロリズムと相関関係があるという学説も存在する」
「だから中東や中南米で争いが絶えないのかもしれませんね」と、山田は思わず納得する。
「一理あるだろうな。酷暑では苛立ちも募る」
「二〇五〇年になると日本の夏は四七度まで上昇するという予測もありますね。イラクやアフガニスタンも日中、四〇度から五〇度まで上昇することはあるようですが、日本のような湿度はありませんから」と、早乙女。彼もPCから目を逸らさず、ひたすらマウスを動かし続けている。早速、メタバース関連について情報を仕入れている最中なのだろう。
「そう言えば最近、山梨県が四二度を記録したらしいです」と、山田も同調。プロテインを一気飲みして既にボトルを洗い終えた後なのか、「干ばつとか強雨(きょうう)も、ひと昔前からニュースで話題になって、そこから一気に来たからな。世知辛いぜ」と、竜崎が帰還。ソクミントで役立つ情報があったのか、早乙女が何かを書き込んだ付箋紙を竜崎のテーブルに貼り付け、それを受け取った本人がスマートフォンを動かし始める。恐らく、人気のメタバースコンテンツにログインし、バーチャル空間での反応を収集しているのだろう。
「二一〇〇年までに地球の平均気温は四度上昇するという予想もある」
「ふーん……ま、あと六〇年で四度なら、意外に大したことねえか」
いや、それは違う、と山田が指摘する前に、首にタオルを巻いた早乙女がため息を吐いた。
「一八八〇年から二〇一二年までに上昇した平均気温は一度にも満たなかったんですよ? 日本や中東、インドでは夏に外出することは命がけになります。日本は世界一の水輸入国でもあるんですから」
「マジかよ。爺さん婆さんはみんな死ぬぞ……ところでよ、おやっさん。セーフハウスってどこもかしこもこんな不便な場所にあんのかい?」
「大抵は都心部だ。『出内機関はインテリジェンス・コミュニティーの嫌われ者』だからな。タイミングが悪いと、予算と場所に困ることもある。成果を上げれば話は別だが」
その発言を聞いた竜崎が、『おやっさんが嫌われてるだけじゃねえよな……?』とでも言いたげな表情で山田に対して意見を求めてきた。
『そこは触れない方が良いような……』
『まさか……いや、でもどうなんでしょう、顔怖いし』と、対角に座る早乙女がPC画面の横から顔を覗かせてきた。
顔は関係ないだろう……しかし、出内機関の全貌が明らかにされない以上、そうした疑惑が向けられるのは当然か。
山田は鎌をかける意味でも、「他の情報機関に比べて、最近創設されたというのもあるんですかね?」と探りを入れた。
「ああ、比較的な」
「あ、北海道は涼しそうですね」
モニターの報道が変更されていた。内容は総理大臣が外国人労働者の更なる受け入れ拡大を表明し、人手不足に喘ぐ業種を対象に新たな在留資格を設けるというもの。とりわけ人口減少による人材不足論争に一石を投じたい北海道知事が、定例記者会見の場において積極的な受け入れ姿勢を見せていた。需要と供給がマッチした形だが、「治安悪化と地元民の反発を懸念」というテロップが流れる。
「リベラル派の道議会議員達による突き上げもあったんだろう。高齢化と政府に対する不信感によって、今は議会の過半数が外国、特にロシアに友好的という情報もある。外国人労働者の人権外交を目指す多くの超党派議員が所属することでも有名だからな」
「SNSだと『ハニートラップにやられたんだろ』っていう情報もあるっすね」
「そうだな——それはともかく今日は週末だ。早乙女の除草が終わり次第、成果報告を実施するぞ」
◆
全員が着席した後、広間の照明を落とした境は、いつものように「まずは俺からだ」と先陣を切った。壁際の大型モニターには境のPCディスプレイと同じ内容が表示される。全員の視線がモニターに集まった。画面には民間で利用されている衛星写真が出力されていた。大量の砂らしき茶色い面と、広大な青い面に分かれている。
どこかの海岸か?
「結論から言うと、進展があった」
「お」と、身を乗り出す竜崎。山田はそこまで動じなかったが、気持ちは同じだった。
この数カ月間、大した成果はなかったからな。
スマートテーブルの中央部が光り、変形していく。扇状に、斜め上方に、六枚の板がテーブルから羽根のようにゆっくり起き上がる。上から見ると雪の結晶に似ていた。中心を起点に、花が蕾に戻るような光景。蕾は完全に閉じることはなく、隙間だらけのサラダボウルのようになる。そして、球体の青い像が浮かび上がった。それは裸眼でも視認可能な3Dのバーチャル地球儀であり、六枚の小型空間再現ディスプレイ。それらが中央下の画面に映る映像を、立体のホログラムとして引き上げていた。ひと昔前はSF映画に出てくる「宇宙船での作戦会議」と称されていたが、現在では医療や建築の現場で当然のように利用されているらしい。地球儀は平面になり、日本全体まで拡大表示すると、高低差まで再現された列島が一定の速度で緩やかに横回転を始めた。
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