第3話 血盟団と竜崎
「一四秒……状況終了。山田、第二段階破棄で実施する痕跡の除去は?」
「『紙及び電子媒体の重要情報以外の痕跡を灰にすること』——この場合は台所にあるガソリンを広間に撒いて点火します」
「竜崎、第一は?」
「単に撤収なんで、『荷物をまとめてその場から出ていくこと』」
「早乙女、第三は?」
「『情報端末も含めて全てを破壊すること。これら手続きは通常、ケースオフィサーの最上級者が発令する』——この場合は、撤収用以外の車両にもガソリンを撒きます」
「良し、復旧するぞ」
改めて広間に戻り、各人が荷解き(アンパック)をして、再び作業に戻るのに三分も掛からなかった。向かい側に座る竜崎のみ自動小銃から弾倉を外し、装填した実包を抜き、空撃ちした後に薬室と撃針、弾倉挿入口の三点チェックをしていた。
「セーフハウスに拳銃やナイフどころかライフルまで揃っているのは驚いたよな……まあ、その大半が錆びたり、ひん曲がってるのはもっと驚いたけどよ」
台所に向かう境。自前で購入し、台所に設置したコーヒーメーカーにいつも使っているカップをセットしていた。
「旧自衛隊から国防軍に改組された際、不要決定処分となった物をいくつか回されたんだ。整備や弾の管理は竜崎、お前がやってくれ。発注した装備のセンスが良かったからな。今後も使えそうな最新のギアがあったら、俺以外にも共有してくれ」
「へい、了解っす」と軽く流しつつも、銃火器に触れている際の竜崎の表情は満更でもなさそうだった。全自動でドリップを開始したマシンから離れ、広間へと戻って来た境。竜崎は彼に「共食い整備になるけど良いのか、おやっさん?」と訊ねる。
「四人分の装備が調達できれば良い。俺は今のうちにトイレ掃除に行く」と、広間を通って中部屋へと退出していく境。
そこでタイミングを見計らったように「なあ……これ本当に毎月やんの?」と、頭の後ろで手を組みながら嘆く竜崎。
「毎週やっていた頃に比べればマシじゃないですか」
「この前は『お前達が足元やテーブルを片付ける癖を身に付けたら、三ヶ月に一回にしても良い』って言ってたよ」
「オトメが床に落としたお菓子を踏んでからだぞ、おやっさんの態度が厳しくなったのは……!」
「いえ、まさかコーンの尖っている方が上になるとは……日本のお菓子は凶悪ですね」
山田は円錐形のスナックが足裏を直撃した時の境の表情を思い出し、吹き出しそうになるのをこらえた。
「普段の鉄面皮が崩れたのは面白かったけどね」
「ヤマちゃんは真面目キャラで火の粉が飛んでいかないから楽しめるのよ……『山田以外はセーフハウスを荒らす傾向がある』ってキレてたから、俺も何も言えねえけど」
自身のパーソナルスペースを包囲するかのように武器や酒瓶、用途不明の装備品を置きっぱなしにしている環境に竜崎はため息を吐いていた。
いや、普通に片付けてくれ。
しばらくすると台所の方から足音が聞こえ、ガラス戸を引いて境が入室。朝の日課であるブラックコーヒーでサプリメントを胃に流し込み、朝食を摂る前にスポーツウェアへと着替えていた。
多分、廊下を挟んだ先にある和室で準備してきたのだろう。
境は和室、山田自身は中部屋、早乙女が二階の寝室の一つ、竜崎が玄関の真向かいにあるトイレ横の角部屋と、一応の私室が設けられていた。が、それは各人がその部屋に居る滞在時間から考えた末の建前。どちらかと言うと、清掃担当区分という意味合いが強かった。
「清掃」という単語であることを思い出した山田は、腕時計で時間を確認。
「今日は早乙女が縁側と室外機の草払い担当だよ」
「あ、そうでした。涼しいうちにやらないと」
「除草は毎週実施しているから五、六分でも良い。体調不良や異様な暑さ、スズメバチの気配を感じたらすぐに戻れ。一応、ハチ用の噴射式殺虫スプレーも、そこのスプレー缶箱の中にある」
「了解です、これですか?」と、真っ黒な円筒を掲げる早乙女。
「それは催涙スプレーだ。護身用のな。後遺症は残らないが取り扱いには気を付けろ」
境の指示でいそいそと手袋や帽子を身に着けていく早乙女。それを尻目に「エアコンの設置が最優先だったのは安心したぜ」と、竜崎が言う。彼はミキサーのボトルにプロテインの粉末を入れ始めていた。
「職場環境の悪さに耐えれば労働効率が上がるというデータはない」
日焼け止めクリームを塗り始めた早乙女は、ボトルを抱えて台所に向かった竜崎を哀れみの目で見ながら「筋肉に取り憑かれたトレーニーですね……」とコメント。それが聞こえていたのか「うるせえ!」という言葉と共に、ミキサーの獰猛なモーター音を広間まで響かせてきた。
その時、モニターで流れるニュースのラインナップに変更があった。都内の宝石店や高級車販売店を襲う連続窃盗団が逮捕されたが、互いの面識はメタバース(仮想空間)上での会話のみで、指示役のグループはいまだに発見できず——というものだ。山田が境の方を見ると、コップを傾けつつ、視線だけは獲物を追う狼のようにモニターを注視していた。
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