第2話 血盟団と竜崎

 これだけの機材が山の中に用意されていて、それも周辺を森に囲まれた古民家の中にあるとは思わないだろうな。

「仮眠も食事も勝手にとれ。外にある車や渡したプリペイドカードも自由に使え。経費になるか分からない物品や報告書については俺に聞け。クリティカル・インテリジェンスだけは見逃すな。細かいことをわざわざ言う必要はないチームだと俺は考えている。以上だ」

 年齢から考えても、境は最新のデバイスに詳しいようで、ネットや電子機器の知識が豊富な早乙女も驚いていた。が、扱いは良く分かっておらず、その度に早乙女と山田が調整する役割を担っていた。しかし、AI搭載のPCなどは一度設定すれば、優れたツールと化した。声で指示すれば発生言語や単語から要求されているチャートやグラフを自動生成し、プレゼンに最適なデザインで情報提供してくれた。

 竜崎のスペースにはダンベルやプロテインが散乱し、PCの基本操作や設定が書かれたメモがいたるところに貼られていた。

 早乙女の周りには極度に甘いお菓子やジュース、それにマヨネーズが積み上がっており、蛇のように絡み合った配線がテーブルの上下をのたうち回っていた。

 境の周辺は山田と同様、整理整頓されていた。が、PCの前には栄養サプリメントの袋や容器が並べられていた。首や腰に貼る湿布も山積みになっていた。喉を詰まらせるような量の錠剤を毎朝コーヒーで胃に流し込む姿に、最初は全員が驚愕。その度に健康に関するうんちくやメリットを聞かされ、少し経ってから竜崎が同じ物を購入。そこから全員でシェアを始めた。

 山田は筋トレグッズを竜崎から借りながら、冷暖房完備で畳の広がる中部屋を使い柔軟運動や自重トレーニングをおこなった。怪我をしない程度に竜崎とミット打ちや柔術やレスリングのスパーリングも実施し、身体を動かしておいた。早乙女は自主的なワークアウトを絶対におこなわず、健康面から境が強制的に運動を強いた。

「早乙女、運動をすれば脳からBDNFが分泌され、脳の血管が活発になり、脳機能が健康に——」

「分かりましたから、もうそういう理詰めは止めて下さい!」

 少し経ってから、境は山田に「柔術が分からないので教えて欲しい」と発言。組んだ瞬間の構えや力、年の離れた竜崎を上手く抑え込んでいたことから何かしらのスポーツや格闘技の経験者だと山田は認識。体力や柔軟性の問題から、山田は技を極められることはなかった。境はスパーリングを何本かやると息切れし、居間の隅で休んで山田と竜崎、早乙女の戦いを眺めるという流れを繰り返していた。

「山田……このメンバーでも可能な投げ技はあるか?」

「追い詰められた時に使えるヤツが欲しいぜ……」

「僕は遠慮しておきます……」

「そうですね……個人的に調べたんですが、巴(ともえ)投げとかが良いですね」

 そうして何度か練習し、スポーツで脳と身体をリフレッシュさせていると、山田の中で「ゲームがしたい」という欲求が生まれた。ニュースなどで世の中の動きを把握する度に、新たなソフトやハードが発売されている事実を無視できなくなっていた。どうしても我慢ができず、据え置きのゲーム機を購入。空き時間にモニターに出力して遊んでいた。その内、竜崎と二人で遊び、いつの間にか四人用ゲームも購入。極稀に全員で遊ぶようになっていた。

 意外なことに、給与は外務省から毎月しっかりと支払われていた。それは竜崎も同様で、専用のネットバンクに振り込まれているらしく、境から配布された業務用の携帯端末のみで支払いを済ませる約束だった。給与明細がないので額面と手取りは不明だが、二〇代には妥当な金額だった。

 俺達の扱いって、外務省ではどうなっているんだ?


 ◆


 七月、日が出始めた早朝。

 セーフハウスの広間にはモニターから流れるニュースの音声と、マウスのクリック音、キーボードの打鍵音のみが響いていた。各人が画面やモニターに注視する。一方で、部屋の主のみが優雅にコーヒーカップに口を付け、腕時計を確認中。

 全員が静かに、戦闘態勢を整えていた。

《反応あり、侵入者です。反応あり、侵入者です》

「第一段階破棄、第一!」

 裏の台所から響き渡るドローンの警報。リーダーからの号令が下され、腕時計のストップウォッチを押す境。山田は身の回りにある携帯端末やメモをパンツのポケットに突っ込み、外付け記憶媒体をバックパックに入れる。テーブルの下にある外履き用のシューズに足を通し、拳銃やナイフなどが装着されているタクティカルベルトを掴み上げ、パンツに巻いていたインナーベルトのベルクロと合体し、バックルで固定。バックパックを持って、ゲーミングチェアーを蹴飛ばしながらガラス戸を開放。台所を突っ切り、封鎖された勝手口、脱衣所と風呂場、洗濯室へと繋がる引き戸とトイレを横切り、安全確認後に廊下へと跳び出す。そのまま直線上にある玄関の戸口に手を掛ける。ほぼ同時に竜崎が到着。一緒に避難経路を通過し、目の前で腕時計を止めた境の隣で背後を確認。すると、お菓子が突き出たバッグとタクティカルベルトを持った早乙女が息切れしていた。

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