政軍隷属::シビルミリタリーセルヴス<下>

SaitoDaichi【出版中】

第1話 血盟団と竜崎

 二〇三五年、五月。茨城県南部の山中。

 大量の埃や蜘蛛の巣と格闘し、刈払機で周囲の雑草を殲滅させ、壊れたインテリアや使わない家具を空き部屋に運びながら、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を交わした引っ越し初日から数週間後。

 悩みつつも古民家のリノベーションを早々に諦めた「チーム境」の下で、縁側から陽光が差すセーフハウス一階の広間に、山田は仲間と常居していた。正面玄関以外、人が侵入できる全ての窓や勝手口を閉鎖し、現代の人間が生活できるレベルにまで何とか復旧。その後、縁側を含めた一階から二階までの全てのガラス戸や窓にマジックミラーフィルムを貼り付け、国内のロシア諜報団や血盟団の動向を追うための機材を本格的に搬入していた。キャンプ勝連の情報を除いたニード・トゥ・ノウ(知るべき者のみが知る)の範囲内で、改めて血盟団についての説明を終えた境は、「全員で同じ目標やインツ(情報収集方法)」を用いても効率が悪い」と切り出した。

「役割分担をするぞ。竜崎は俺と共に非公開情報(クローズド・インフォメーション)を集める。インツはヒューミント(人的情報)だ」

「おっしゃ」

「取り敢えず運送関係を当たって、闇バイトなどの密輸に関する情報を仕入れる。並行して狸穴(まみあな)絡みの心当たりのある場所を巡っておこう。セーフハウスに戻ったら工作日誌にまとめ、竜崎がソクミント(SNS)、俺がジオイント(地理空間情報)で更に情報を集める——山田」

「はい」

「お前はロシアと関わりのある国内企業の情報をオシント(公開情報)で収集しろ。国内外の出版物、報道機関、ネット上のあらゆるオープンソースにアクセスして、格付け評価しろ。最終的にNSSを通して、政策意思決定者まで報告される可能性を考慮した上での二次処理を施しておけ——そして早乙女」

「通信の秘匿化は完了しています」と、早乙女はPCから顔を上げずに答えた。

「早乙女にはディープウェブやダークウェブを通して非公開情報を収集するように指示した。ほとんど画面に張り付けになる作業だが……」

「気にしないで下さい、僕の得意分野なので。それに日本の夏は死ぬほど暑いらしいので、研修を終えて行き先が決まるまで僕はここにいますよ」と、ライフラインの再契約後に設置した最新のエアコンを早乙女は指差す。既に冷房を稼働させていたが、PCやスマート家電の熱暴走を防ぐ目的があった。

「竜崎みたいな皮膚ガン予備軍になりたくありませんし」

「俺は自黒なんだよ、自黒」

「『セーフハウスには最低二名以上残す』というルールだが、大仕事でもない限り平時は早乙女と誰かが残ることになるだろう」

「コイツもいますし、一人でも大丈夫ですよ」と、早乙女は背後にある横開きのガラス戸を指した。僅かに開かれた戸口から、曲芸のように隙間を抜けて自律飛行型ドローンが現れる。

《登録されたルート上に反応なし》

「地上型は大きくて邪魔になるので、廊下と家の周りの監視だけに限定しました」

 女性のデジタルボイスを発するサッカーボールサイズのドローンは、カメラとスピーカーを搭載したボディーを浮かすため四つのローターを動かし、器用にスマートテーブルの上へと着地。ワイヤレスで給電が始まると、充電中を示す緑色のボディーランプが点灯した。テーブルの上にさえ置けば、ノートPCや携帯端末も全てワイヤレスで給電可能だった。

 そこはまさに「和」と「デジタル」が混在したカオスな職場であり、異質な空間。

 畳の上に巨大なスマートテーブルが設置され、その上にメンバー分のノートPCが展開されている。四隅は各々がパーソナルスペースとして利用。さながら一企業のオフィスが襖や障子で囲まれているような光景だった。各人に統一性はなく、椅子や周辺機器にいたるまで、好みや体型に合ったものを優先。壁際には各PCとリンクしている大型マルチモニターやプリンターが備え付けられている。モニターでは二四時間ニュースのライブ映像を配信するチャンネルを、国内や海外向けに分けて三つ表示中。報道内容は外付けの記憶媒体に常時録画されていた。またデジタルホワイトボードの機能も搭載されていた。IT企業などでも導入されている最新のミーティング機材であり、部屋の隅には工作活動における秘密情報や報告書を取り扱うためのノートPCを二台設置済み。インターネットや周辺機器に接続されていない完全なスタンドアローンで、頑丈な鎖で壁に固定されていた。勝手に持ち出したりUSBや一般のネット回線に接続すると、けたたましい警報音が鳴ると同時に内部データが全て削除される仕組みらしい。もちろんそんなことをすれば刑事責任を問われ、山田と竜崎の場合は勝連に逆戻り。その上、使用者はディスプレイ上部のウェブカメラで常時撮影され、妙な行動を取ると出内機関内のブラックリストに記載されるとのことだった。

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