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見慣れた応接室の中に、見慣れない見慣れた顔がいる。
「よ」
「久遠?! なんであんたがこんなところに?!」
スーツを着た久遠が、どっかりとソファに座っていた。
私の様子を見て、課長が目を瞬く。
「水無瀬さん、弟を知っているの?」
「弟?! コレが、課長の?!」
「コレとはなんだよ」
ぶすくれた久遠が、座れ、と隣を示した。躊躇していると課長も勧めてくれたので、少し間をあけてその隣に座る。課長は、私の向かいに座ると久遠に聞いた。
「知り合いだったのか? だからお前、挨拶なんて言い出したのか。会議が終わっても残っているから、珍しくやる気出したんだと思っていたのに」
「まあね」
「どういうこと? 久遠」
スーツを着ていても、態度はいつもの久遠だった。
「実は『五十嵐課長』ってやつに、ちょっとばかり心当たりがあってな」
「お兄さん、だったんだ」
言われて改めて見れば、なんとなく面差しが似ていないこともない。性格は全然違うみたいだから、それが顔つきにでているのかな。
「初めてお前にあったの、ここの最寄り駅だったからもしかして、と思って」
「ああ、あの助けてもらった時」
あの時、久遠に助けてもらったから私たちは出会ったんだ。最初は怖いとか失礼な奴とかも思ったけど、根は優しいし、どんな私でも受け止めてくれた。こんな風に人に惹かれたのは初めてだ。
思い出して感慨に浸っている私とは逆に、久遠は眉間にしわを寄せる。
「あんとき、兄貴にラーメンおごるとか言われてドタキャンされたんだよな。まあおかげでお前に会えたんだからいいけどさ」
「もしかして」
課長が、何かに思い当たったように言った。
「豪快にラーメンすすってた女って、まさか、水無瀬さん?」
「そう」
「ぎゃー!! あんた、課長になに話してんの!! 課長、忘れてください!」
あわてて止めた私に、久遠はすました顔で続けた。
「ここの社員の可能性は高いな、とは思っていたところで、今日の会議の資料の中にあったプロジェクトの新規メンバーリストにお前の名前を見つけた。本社に連れてくるっていうんで、上司として一言挨拶しておこうとわざわざ会議の後で残ってやったんだ」
釘は早めに刺さなきゃな、と独り言のように久遠はつぶやく。
「上司?」
なにえらそうに、と不審げな顔になった私に、久遠は、に、と笑った。
「兄貴と俺は一緒に、本社で新規プロジェクトのための新しいチームを組むことになったんだ。だからお前は俺の部下でもある」
「久遠、まだその話はきちんと水無瀬さんにはしていないんだ。ちゃんと話さないとわからないだろう。水無瀬さん」
課長が、私に向き直る。
「さっき言っていただろう。こちらから本社に異動になる者がいると。ぜひ、水無瀬さんに一緒に来てもらいたいんだ」
わ。
久遠の登場で忘れてたけど、そうだ、そういう話だったんだ。
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