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 課長のそんなきつい言葉、初めて聞いた。

 私だって失敗とか間違いとかやってきたけど、そんな風に言われた事一度もない。

 もしかして課長……ずっと、怒っていたの?

 血の気の引いた顔になった高塚さんに、課長は冷たい目を向けた。

「本気で本社勤務になりたいのなら、外見だけでなくもっと自分の内面を磨きたまえ。今のままでは、君は会社にとってただのお荷物だ」

 わずかな静寂のあと、くすくすとあちこちから小さい笑いが聞こえてくる。顔色が赤くなったり青くなったりした高塚さんは、逃げるようにフロアをでていってしまった。

「こわ……でも、課長、よく言ってくれたね」

 隣の留美が小さく拍手しながら言った。私もうなずく。

「課長、あんなふうに怒ることあるんだ。びっくりした」

「優しいだけじゃ出世はしないってことだね。やっぱり課長はかっこいいわ。見た? 高塚さんの顔。あー、すっとした」

「でもちょっとかわいそうかな」

「華は甘いわよ。ああいうタイプは、はっきり言われないとわかんないんだから」

「んー、そうね。これで真面目に仕事してくれるようになるといいけど」

「どうかねえ」

「水無瀬さん」

 社員の向こうから急に呼ばれて、私は背筋を伸ばす。

「は、はい」

「ちょっとこの後いいかな。少し話があるんだが」

 さっき高塚さんにかけたようなきつい声音ではなく、いつもどおりの課長の声に安心した。

「あ、はい」

 私がまぬけな返事を返すと、留美が隣からどすどすと私の腕をたたいた。

「(ねえ、ちょっと! これって、異動の話? 引き抜き? あんた本社勤務になるの?)」

「(まさか! きっと引継ぎの話よ)」

「(でもさ!)」

「では、応接室へ来てくれ」

「はい」

 そう言って、課長は先にフロアをでていく。課の視線が一気に私に集中した。

「応接室だって! そんなとこで引継ぎしないでしょ!」

「わかんないわよ。他の部屋がいっぱいでとれなかったとか」

「とにかく行っといで!」

「う、うん」

 とりあえずノートとペンケースを取ると、私は応接室へと向かった。


  ☆


 応接室の前で、一度深呼吸する。

 本当に、本社へ、とかいう話だったらどうしよう。課長と一緒に働けることは嬉しい。けど、私なんかで役にたつのかな。使い物にならないって言われたらどうしよう。

 ううん、まだそんな話と決まったわけじゃないもの。先走るのはよくないわ。

 そう思って落ち着いてからドアをノックすると、中からどうぞ、と声が聞こえた。

「失礼します」

 緊張しながらドアをあけた私の目にとんでもないものが飛び込んできた。

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