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 私は、き、と久遠を見上げる。

「そんなものあるなら、とっとと出しなさいよ!」

「最後の抽選もはずれたら出そうと思ったよ! お前が自力でチケット当てちまったんだろうが!」

 口をへの字に曲げた私の体にまた腕を回して、久遠は上から見下ろした。

「次は、ちゃんと俺に会いに来いよ? 残業禁止」

「もしもはずれたら……チケット、くれる?」

「はずれたらな」

「が、がんばる。絶対、自分でとって会いに行く」

「その時は、推しは俺だろ?」

「えー」

「えーじゃねえ。俺にしろ」

 そういうと、久遠は体を折って顔を近づけてきた。少しだけ首を傾けたその角度は……ええええっ!?

 私はあわてて体をひく。がたんと扉に背中があたった。

「おい?」

 久遠が不満そうな顔をした。

「だ、だって……なんで……?」

「今さらそれ聞く?」

 めっちゃ顔をしかめられた。

 だって……だって、今、あんた何しようとした!?

「だって、……クウヤは、みんなのアイドルで……私には手の届かない芸能人で……」

「誰だよ、そんなこと言ったの。だいたい今はクウヤじゃない。久遠だから」

 そう言いながら久遠は、逃げられないように私の両側に手をのばして扉に押し付ける。思わず手で押し戻すと、久遠が不満げに眉をひそめた。

「嫌なのかよ? やっぱりなんたらとかいう課長が好きなのか?」

「違う! 私の好きなのは……!」

「好きなのは?」

 じ、とまっすぐに見つめてくる。

「好きなのは……」

「うん」

「……し、知ってるくせに!」

「さあ?」

 久遠は、にやにやとしか表現のしようがない笑顔だ。けど、ふと何かに気づいたような顔になる。

「お前、名前は?」

「え?」

「俺、お前の本当の名前、まだ知らない」

 あ。

 久遠の口調が怒っている様子ではないことに、少し安堵する。

 私は、緊張しながら背筋をのばした。

「水無瀬……華、です。今まで嘘ついてて、ごめんなさい」

「会員証、偽名で作ったんだな。あの時名乗らなかったのは、まだ俺のこと信じてなかったんだろ」

「だって、仕方ないじゃない。あんな出会いだったんだもの」

「まあそうだな。で、訂正する機会を失ったまま、名乗りにくくなった、と」

「…………図星」

 久遠が、に、と笑った。

「華、か。かわいい」

 動揺する私を、久遠は目を細めて見つめてくる。

 そんな風に人から言われたことないから、なんて返したらいいのかわからないじゃない。

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