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こんこん、と守衛さんがドアを叩くと、中からがちゃりと開いて顔を出したのは。
「いらっしゃいましたよ」
「ありがと♪ 赤羽さん」
「30分だけですよ。もう退館時間すぎてますからね」
「はーい」
そう言って守衛さんは戻っていった。
「入れよ」
二人になった途端、聞き慣れた口調に戻る。
「なんで来なかったんだよ」
楽屋に入ってどさりと椅子に腰かけると、久遠が言った。
「……残業」
「そんなことだろうと思った」
久遠はため息をつく。
「くそっ。今日はお前が来ると思って、めちゃくちゃ気合入れてたのに」
「私だって……!」
ドアの前に立ち尽くしたまま、涙がこぼれる。
「楽しみにしてたよ! チケットとれて嬉しくて! 服も新しく買って! いつもより念入りに化粧して! アリーナで、会えるの、すっごく楽しみにしてたのに……!」
ぼろぼろと泣き始めた私に、立ち上がった久遠が近づいて来た。
「スマホでライブ中継見てたって! かっこいいな、って仕事にならなくて! 目の前で見られたら、もっと……って、悔しくて! 見たかった……会いたかったよ!」
「誰が?」
久遠が、少しかがんで私に目線を合わせる。
「誰が一番、かっこよかった?」
私は、ぎゅ、と目をつぶる。
「久遠が! 一番、かっこよかった!」
「よし」
声と同時に、思い切り抱きしめられた。
「うー……」
なんかすごく悔しくて、涙が止まらない。こんな顔、見せられない。
「なんで、私がいないのわかったのよう」
涙声で聞くと、久遠が私を抱きしめたままぽんぽんと頭を叩いてくれる。
「わかるよ。どこにいてもお前なら。……ってかっこつけたいけど、当日券の場所はわかったからそこ見てただけ。案外とステージの上からも、はっきりと客席って見えるもんなんだぜ」
「そ、そんなの気づかなかっただけかもしれないじゃない」
「ばーか。俺がお前を見逃すかよ」
久遠が抱きしめていた腕をゆるめて、私の顔をのぞく。
やだ、こんな化粧ぐちゃぐちゃな顔見せたくない。
あわてて顔を隠そうとすると、先に久遠がそっと涙をぬぐってくれた。上目遣いに見てみると、珍しく笑っている。
「また見に来いよ。お前のために、俺、歌うから」
「でも、今回だって、ぎりぎり取れたのに。もうチケット取れる気がしない」
「それな。メンバーには、ちゃんとチケット枠あるんだよ」
は? 初耳だよ、それ!
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