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「なんでこのデータ、去年のしか載せてないの? 過去10年分のデータを出すように言っておいたでしょ」
「えー? 聞いてませんよお」
鏡をしまいながら、だるそうに高塚さんは答えた。まともにこちらを見ない態度にさすがに口調が強くなる。
「いいえ、確かに言ったわ。主任と一緒にあの時3人で確認しています。だから、聞いたら必ずメモを取っておきなさいって……」
「そうですよねー。メモをとっておけば、水無瀬さんが言ってないって証明できましたよねー」
「な……」
怒りで頭が真っ白になった。でも今はもめている場合じゃない。
「なら、これすぐデータを直して。明日の会議で使うから」
「ええー? もう終業ですよお?」
時間を見れば、あと30分で終業時間だ。
主任がデータの確認した時に、できてます、と高塚さんは言っていた。その後二人で何やら資料を見ていたので、とっくにできているものだと思っていた。
「でも、これ明日の朝の取締役会議で使う資料なの。ありません、じゃ通用しないのよ。すぐやって」
高塚さんはふてくされた顔で目も合わせない。
「資料、出来てないの?」
そこに、五十嵐課長が騒ぎを聞きつけて覗き込んだ。とたんに、涙目になって高塚さんは唇を噛んだ。
「そうなんですう。私、ちゃんと確認してもらってえ、これでいいって言われてたのに、いまさらそんなこと言われてもぉ」
変わり身の早さにあきれる。課長は、一通り書類を確認すると顔をあげた。
「せっかくだが、これでは資料として使えないな。田口さん、確認していなかったんですか?」
課長に聞かれて、自席にいた主任が気まずそうに答えた。
「作り方の相談はされましたが、その後は確認していなかったので……」
「そうですよぉ、それでいいって、主任が言ったんですぅ。わかってたらちゃんとやってましたぁ」
「確認ミスだな。至急直しておいてくれ」
資料を渡されそうになった高塚さんは、潤んだ目のまま五十嵐課長を上目遣いに見上げた。
「でもお、今日はどおしても祖母の病院に行かなくちゃならないんです。他の日だったら絶対にやるんですけどお、面会日が限られていて……おばあちゃん、私に会うのを楽しみにしていたのに……それに、水無瀬さんの方が仕事は早いじゃないですかぁ。これから作るならあ、絶対水無瀬さんの方が適任ですよぉ」
よくもこう次から次へと……黙っているのは悔しいけれど、話をこじらせている時間が惜しい。主任と話しているのを見たからって、その資料を確認しなかったのは私のミスでもある。久遠のことで、そこまで集中力が散漫になっていたんだろうか。情けなくて理由にもならない。
資料を作り直すとして、私ならそれほど手間のかかる作業じゃない。数時間もあれば終わるだろうけど、これを高塚さんにやらせたら明日の朝までになんて絶対に間に合わない。PCの練度は主任も高塚さんと同レベルだから、すぐにこれ作れるのは私くらいしかいない。
だけど、今日は……
「だが……」
「いいです、課長。すぐに直します」
高塚さんに言いかけた課長を止めて、私はすぐにパソコンに向かった。
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