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「来週にはタカヤに会える! 生で見れるんだ!!」
「今会ったじゃん」
「あ、そっか」
「忘れてんじゃねーよ、ばーか」
なぜか機嫌の直ったらしい久遠は、笑いながら私を見ていた。
なんか今日はいっぺんにいろんなことがありすぎて、脳みそがキャパオーバー。
混乱しつつも笑顔が戻らない私に、久遠は目を細めながら言った。
「あのさ」
「ん?」
「もしお前さえよかったら、また……」
「あらあ、水無瀬さん?」
久遠の言葉を遮るように、誰かに後ろから声をかけられた。反射的に振り向くと、そこにいたのは高塚さんだった。ちょうどカフェに入ってきたところらしい。
「高塚……さん?」
「わあ、水無瀬さん、今日は珍しく若作りなおしゃれしてるんですねえ。見違えましたあ」
ひらひらしたピンクのワンピースが良く似合っている。化粧も職場とは違う少し派手なもので、私なんかより全然かわいい。
浮かれた気分が瞬時に冷めていくのが分かった。
「彼氏さん、いたんですかあ? すみにおけなーい。彼、素敵な方ですねえ」
高塚さんは、満面の笑みで久遠に近づいた。
「こんにちはあ。私、水無瀬さんの後輩で高塚満里奈って言いまあす。水無瀬さんには、いつもお世話になっていまあす」
いつもの3倍、甘ったるい声で言うと、ちらりとこちらを見ながら言った。
「水無瀬さんたらこんな素敵な彼氏がいるのに、五十嵐課長に言い寄っていたんですかあ? 私ぃ、てっきり水無瀬さんは五十嵐課長とつき合っているのかと思ってましたあ」
「は? い、言い寄ってなんて」
「ねえ、私も一緒にお話していいですよねえ。あ、私のことは満里奈って呼んで下さあい。彼氏さん、お名前は何ていうんですぅ?」
な、なんなのこの子……
立て続けにしゃべり続ける高塚さんを、あ然として見ている。
久遠は彼氏でもないし五十嵐課長の事をそんな風に言われるのも心外だし、もうどこから突っ込んでいいのかわからない。
けど。目を丸くして高塚さんを見る久遠に、胸がざわめいた。
やっぱり久遠も、高塚さんみたいなかわいい子に言い寄られたら悪い気はしないよね。
ぎゅ、と自分の胸元を握りしめる。
私がどれだけおしゃれに気をつかっても、高塚さんにはかなわない。精一杯のおしゃれをしてきたつもりだけど、そんな自分がみすぼらしく見えて恥ずかしい。
「名前……」
久遠が小さく呟いた。久遠の口から、満里奈なんて親し気な呼び方、聞きたくない。職場の人が呼んでも気になんてならないのに、久遠が名前を呼ぶのは……名前……
あっ!
そこであることに気づいて、ざ、と私の血の気がひいた。
「水無瀬……?」
久遠は、高塚さんではなく私を見ていた。
それは、久遠が知らない私の名前だ。そうだ、私まだ久遠にちゃんと名乗ってなかった!
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