- 21 -
「クウヤ嫌いなの?」
「嫌いじゃないけど……お前は好きなのか?」
「そりゃ、ラグバだもん。甘えんぼだけど、時々すごく真面目なことや不意打ちで胸に刺さること言ったりするじゃない。特に歌声はすごく好み。タカヤの次に好き」
本当は、5人の中でクウヤの声が一番好きなんだけど、そこは推しを優先する。
「ふうん」
隣を歩きながら、少しかがんで久遠が私の耳元で囁いた。
「秘密だけどな、実は俺、本当にクウヤなんだ」
「どうせ嘘つくなら、カツヤって言われた方が信じる。だいたい、クウヤはあんたほど背、高くないだろうし」
カツヤはワイルド系の赤い髪と瞳で、きついことも言うし口も悪い。まんま、久遠と同じ性格だった。それにクウヤは5人の中では下から二番目に背が低い。各自の身長は公表されてないからはっきりわかるわけじゃないけど、久遠ほどは大きくないと思う。
「ち。騙されないか」
意地の悪そうな顔で、久遠がくつくつと笑う。
「そうやって、何人の女を騙してきたのよ」
「人聞きの悪いこと言うな。騙してないし、こんなこと言うのはるなが初めてだよ。ラーメンとうどん、どっちがいい?」
「なんでその二択なの?」
「あんなに豪快に麺をすする女がいるってことが信じられなくてな。もう一度見てみたい」
「失礼ね」
「なら、ラーメン」
「こないだのとこ?」
「今日は別んとこ」
そう言って歩き出した久遠のあとを追いかける。まだBRのケースを握りしめたままだったことに気づいて、そっと、大切にバッグの中にしまった。
☆
「はあ? あそこでカツヤが謝らなかったら、絶対イチヤじゃなくてタカヤが怒るって」
「そんなことないわよ! だって相手はタカヤよ? タカヤが怒ってるなんて想像できない」
日曜の、朝まだ早き。
私と久遠は、ちょっと駅から外れたオープンカフェで、MVに収録されていたコンサートの話で喧々囂々と語り合って(?)いた。
MVを借りてから1週間ほどが過ぎた。毎日毎日何度も見た。なんなら昨日は茜も呼んで二人で一日見通した。デビューからこんなにうまかったんだ。でも、借りたものは返さなきゃね。
MVを返すから。そう言って、今日は私が久遠を呼び出した。
久遠に会うのが楽しみじゃなかった、と言ったら嘘になる。
この間会った時も、人がラーメン食べるのを興味深々で見ていたし(それで私に怒られた)、その後はラグバの話もめっちゃ盛り上がったし。気がついたら、カフェで3時間近くもラグバの話をしていた。
久遠のラグバに対する知識は深く、私の知らなかった話もたくさん聞けてすごく楽しい時間だった。
何より、口は悪いけれど、一緒にいて嫌な思いをしなかった。きちんとこっちの話を聞いてくれる。
もっと話したい、って思ってしまった。
だから、今日会うのは楽しみだった。今日は休日だから、仕事用の服装じゃない。眼鏡もかけてないし、化粧もナチュラル。なんの色も付けていない真っ黒なままの髪は、ひっつめないで長く伸ばしたまま。人と会う時になにを着ようなんて悩んだの、久しぶり。
何か言われたらどうしようと、不安と少しの期待で、ドキドキしながら待ち合わせ場所についた。私の姿を見て久遠は、ちょっと目を丸くしてから、『かわいいじゃん』と笑った。
それが恥ずかしくて久遠につっかかって、冒頭のような喧嘩腰の会話になってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます