- 14 -

「お兄さん?」

「兄貴もファンなんだよ。あれ、キレイな曲だよな。あとは『空へ飛び込め』かな」

 それを聞いたとたん、私のスイッチがはいってしまった。

 うん。この人、本当にラグバ好きな人だ。

 『空へ飛び込め』は、かなり初期の曲で最初のアルバムに入っている曲だ。シングルカットされておらず、去年のコンサートで久々に歌われた。ついでに、ラグバで好きな曲あげろって言われたら、私も絶対あげる曲。

「それ、私も好き! クウヤのソロがある曲でしょ? 『空へ飛び込め』といえば、去年の夏のアリーナライブ! 落雷の影響で停電になった時、暗いホールで5人がアカペラで歌ったの聞いた? マイクなしでも5人の声がめちゃめちゃ響いて、鳥肌立つくらいすっごい素敵だった! あの時だけは、タカヤじゃなくてクウヤに落ちちゃった。円盤見ただけでもあんなにすごいなら、きっとあの場にいた人ってものすごい幸せだっただろうなあって、めちゃくちゃうらやましい! それに」

 一気にしゃべって、は、と我に返った。私の勢いづいた話を、男は目を丸くして聞いている。

 やだ。知らない人相手に、私、何を力説してんの。

 急に恥ずかしくなって、いいよねとか適当なことを言って話を終わらせると、残りのラーメンをすすった。

 だって、ラグバ好きって公言してないから、なかなかこんな話できないんだもん。普段話すことができない分、つい力が入っちゃった。ああ、もっと推しについて語りたい。なんならあと3時間くらいこの男をつかまえておいて、歌の話とかタカヤのどこがいいかとかこんこんと話したい。

「ホントにラグバ、好きなんだな」

 さっき私も思ったのと同じことを穏やかに言われて、ちら、と横目でうかがうと、男は、笑んでこっちを見ていた。

 馬鹿にしたような笑みじゃない。柔らかい、嬉しそうな微笑み。

 今この男が考えていること、わかるような気がする。自分が好きなものを同じように好きな人といいよね、って話すの、本当に嬉しくなるよね。

「あのさ」

 男が何か言いかけたところで、私のスマホが鳴ってしまった。いけない、マナーモードにしてなかった。

「ごめん」

 一言謝ってスマホを取り出す。

「なに、彼氏?」

「いないわよ、そんなもん。実家の母だわ」

「へえ」

 あわててマナーモードにしてからメールを確認すると、今日荷物を送ったから、という簡単な内容だった。いつもありがとう、お母さん。

「ちょっと、貸して」

 返信し終わった私のスマホを、男がさりげなく手にした。

「あ、ちょ」

「のびるよ、ラーメン」

「え」

 のびたラーメンはいけない。せっかく美味しく作ってくれたおっちゃんに失礼だ。でも、私のスマホも大切。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る