- 8 -
アイドルにはまっているだなんて、子供っぽいって言われそうで会社の人には言えない。でも、私の密かな心の支えとして、いつでもこれを制服のポケットに入れている。
私は、そのパスケースをまたバックに戻すと、顔をあげた。
うん。まだはっきりと聞いたわけじゃないもの。勝手に想像して落ち込んじゃうのはやめよう。課長から話があるまでは、私もいつもと同じ。それでいいや。
そう決めたら、ちょっとだけ気分が浮上した。帰ったら、ラグバのライブ見ようっと。
顔をあげて改札に入ろうとした私の耳に、陽気な男の声が飛び込んでくる。
「な、ちょっと付き合えって。絶対楽しいからさ」
「少しカラオケでも行くだけじゃん」
「と、通してください……」
声の方を見れば、男とは対照的に消え入りそうな声で答えているのは、高校生くらいの制服の女の子だ。男二人に囲まれて、逃げるに逃げられないらしい。
そばを通っていく人たちは、ちらと視線を送る人も多いけれど誰も彼らに声をかけたりしない。
私も、反射的に目をそらしてしまった。関わったら、何をされるかわからない。
そう思い通り過ぎかけて、視界に、震えるその子の足が目に入った。
相手は男二人。怖い。
でも。
あの子はきっと、もっと怖い思いをしている。
私は立ち止まって、バッグの中に入っているパスケースを上から押さえた。
(勇気をちょうだい)
覚悟を決めて振り返ると、私は大きく息を吸った。
「と、通してあげてください」
「あ?」
声をかけると、男たちは私に視線を向けた。
「なんだよ、知りあい?」
「違いますけど……嫌がっているんですからやめてください」
その男たちは、二人でこちらに向いて私のことをおもしろそうに眺めてくる。
「なんだよ、あんたもまざりたいのか?」
「違います」
と、すきをみてその女子高生はいきなり走り出した。
「あっ」
無理やり私の横を通ろうとしたせいで、女子高生は私に体当たりする格好になってしまった。その衝撃で、私のバッグが思い切り飛ばされてしまう。
手帳や財布がばらばらと飛び出て、その子ははっとしたように一瞬足を止めた。けれど、男たちが近寄ってくるのに気が付いて、泣きそうな顔で私を見るとそのまま走って逃げてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます