020 お断り

 私は夜の八時頃にあの店に向かった。扉を開ける前に、今まで意識していなかった幅を確かめた。けっこう、狭いな。段差もある。やはり難しそうだ。


「いらっしゃいませ、楢橋さん」


 他に客はいなかった。川上くんは相変わらずの気持ちの良い笑顔だ。


「ビールを頂こうかな。ギネスはある?」

「ありますよ」


 直接本題に入ってしまった方がいいだろう。私はタバコに火をつけてから切り出した。


「川上くん。車椅子のお客は……ここに入るには厳しいかな」

「ああ……そうですね。この通りですし。席に自力で移れる方ですか?」

「いや、そこまでは確認していない。多分無理だろう。古い友人なんだがね。連絡してみたら、そうなっていてね……」


 川上くんはギネスの瓶のフタを開け、グラスに注ぎ、泡を調整した。


「申し訳ありません。ここは雑貨屋だったのを改築したところでしてね。飲食店をやれる最低限のスペースしかないんですよ」

「まあ、私もダメ元だったから。あいつには、私から会いに行くことにするよ」


 ほどよく泡が盛り上がったギネスを川上くんは差し出してくれた。


「うん……美味しいね」


 川上くんはメガネの位置を直して尋ねてきた。


「その方とは、どういうお知り合いなんですか?」

「初めて勤めた会社の同期だよ。お互い独立して、年賀状のやり取りくらいしかしていなかったんだがね。妻の葬儀には来てくれて、それっきりだった」


 電話で聞いたあいつの声は、虚勢を張っているかのように大きかった。よく笑っていたが、それも私を過度に心配させないためだろう。川上くんは言った。


「僕も、前に勤めていたバーの先輩や後輩とはまだ付き合いがありますよ」

「会える時に会っておいた方がいい。年齢に関係なく、何が起こるかわからないからね」

「肝に銘じます」


 私はタバコを吸い切り、灰皿に押し付けた。これもそろそろやめるべきなのかとは思うが、ここまできてしまえば手遅れなのかもしれない。


「そういえば、川上くん。お客の入りはどうだい」

「少しずつですが、増えてはいますよ。楢橋さん以外にも、また来ていただけている方もいらっしゃいまして」

「それなら安心だ」


 あいつとここに来ることは叶わないが、私がこうして楽しく飲み歩いていることを土産話にしてやろう。

 そうしてその日は、あと二杯飲んで店を出た。帰りの電車で、あいつと具体的に会う日時を決めた。

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