015 ルーツ
仕事を終え、気分を切り替えたくなった俺は、またあの店に行くことにした。
「いらっしゃいませ」
マスターは俺のことを覚えているだろうか。直球で切り出した。
「二回目なんですけど……」
「ええ、存じております。また来ていただいて嬉しいです。ダイキリをお出ししましたね」
今日は恋愛の話はナシにしよう。自分から蒸し返しても惨めになるだけだし。本当は、あの後復縁してくれとすがりつかれて色々あったんだけどな。
「とりあえず、ビールで」
「かしこまりました」
それにしても、本当に落ち着ける店だ。余計な音楽が鳴っていないのがいい。酒と会話に集中できる。俺は話し始めた。
「新しくバイトの子が入ってきましてね。今教えるのに付きっきりなんですよ」
「お仕事は何を?」
「ペットショップです。学生時代からバイトしてるんで、それなりに歴は長いですよ。爬虫類、両生類の担当です」
元カノとも、その趣味が合って付き合い始めたんだけどな。それは言わないでおこう。マスターは尋ねてきた。
「では……ご自宅でも飼われてるんですか?」
「ええ、色々とね。わかりやすいので言うと、トカゲとか」
「トカゲって……懐きます?」
「うーん、懐くというか、人に慣れてくれる、という感じですね」
俺の飼っているフトアゴヒゲトカゲは、ハンドリング……触ることのできる種類ではあるが、余計なストレスを与えたくないので、健康チェックや掃除の時以外は無闇に触れないようにしていた。
「まあ、それでも可愛いですよ。あまり人に理解されない趣味ですけどね」
「僕は興味ありますけど、猫がいるので。そいつで手一杯ですね」
「猫は大変そうですね。そうだ。うちの店来ていただいたら案内しますよ」
俺は名刺を差し出した。一応これでも主任なのだ。マスターも名刺を返してくれた。
「川上、さん?」
「はい。えっと……失礼ですが、苗字は何とお読みすれば?」
「
「ああ……僕もルーツがドイツにありますよ。ドイツ語喋れませんけど」
「俺も韓国語はさっぱり」
帰化してもいいのだが、それをしないまま三十歳になってしまった。
「姜さん、また今度遊びに行かせてもらいます」
「ええ。見てもらえるだけでも嬉しいので。営業モードに入って買わせるかもしれませんけど」
「ふふっ、覚悟しておきます」
俺はこの前のカクテルが気に入ったので、二杯目はそれにして、気持ちよく店を出た。
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