014 黒猫

 ゆっくり話そうと思うと、多少遅い時間の方がいいかな、と考えたので、日付が変わってから行ってみた。


「いらっしゃいませ。ああ、シュウさん!」

「どうも」


 他にお客さんはいなかった。僕は奥の方の席に座った。


「川上くん、この前はありがとうございます。わざわざ来ていただいて」

「楽しかったです。勉強にもなりました」

「今日は達己に任せていますよ」


 達己伝いで、川上くんが僕の店に来てくれたのは一週間前。ちょっと特殊な店だから、それは話すわけにはいかなくて。そこは伏せて、僕が一方的に質問し、彼の悩みをあれこれ聞いてやったのだった。

 僕は壁面に並ぶボトルを見て言った。


「へぇ……本当にウイスキーがお好きなんですね、川上くん」

「ええ。何にされます?」

「やっぱりいつものやつが落ち着きますかね。デュワーズ。ソーダ割で。川上くんも何か飲んでください」

「ありがとうございます」


 川上くんを見ていると、自分が店を持った時のことを思い出す。右も左もわからなくて、お客様に成長させてもらったようなものだ。だから、僕も川上くんの力になってあげたい。


「乾杯」


 そういえば、この店は特に音楽はかけていないんだな。僕は無音だと落ち着かないから、適当なジャズをかけていた。まあ、これは人によるのだろう。


「川上くんは一人身でしたっけ?」

「はい。扶養家族というか……猫が一匹」

「いいですねぇ。うちのマンション、動物飼えないんで」

「捨て猫拾っちゃったんですよ。それで、わざわざペット可のところに引っ越しました」


 川上くんは自分のスマホを見せてきた。ロック画面は、すました顔で座っている黒猫の写真だった。


「へぇ……名前は?」

「ネーロです」

「ああ、なるほど」


 飼ったことはないが、僕も猫は好きだ。ネーロについて聞いてみた。


「キリッとした顔立ちですけど、オスですか?」

「ええ。こう見えてけっこう甘えん坊で。こわがりなので、病院に行く時は苦労してます」

「動物と暮らすのは色々と大変そうですね」

「まあ……人間と暮らすよりはいいですよ。そっちは上手くいかなかったので」


 そこまで話してくれるなんて、けっこう気を許してくれているんだな。尚更、先輩として手を貸さないわけにはいかない。ちょくちょく顔を見せることにしよう。そう決めた。

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