013 常連
ワタシは日が昇ると意識を保てなくなる。ワタシという存在が溶けて、何か大きなものの中に取り込まれてしまう感覚がするのだ。
しかし、夜になればワタシはワタシを取り戻す。以前のワタシと全く同じかと聞かれれば確証はないのだが。
ワタシはあれから、毎晩あの男の店に通っていた。客がいなくなったのを見計らい、閉店作業をしている時だ。
「いらっしゃいませ。今日は……お一人だけでしたね。暇でしたよ」
男はカウンターの上に水を置き、タバコを吸い始めた。
「ジンライムを注文されました。あれは得意です。元恋人が好きだったものなので」
男は自分のことをよく話すようになった。その、元恋人が来た夜は、動揺していたのか口数が少なかったが。
「カクテル言葉、っていうのがあるんですよ。花言葉みたいにね。色褪せぬ恋。そういう意味なんですけど、彼は知っているんだか知らないんだか」
ワタシにも誰か大切な存在がいたような気がしていて、それで未だにこんなことをしているのだと考えているのだが、その誰かがわからない。
「僕は……これからずっと一人なんでしょうね。まあ、この店もあるし、猫もいるし、何よりあなたが話を聞いてくださるから、寂しくないですよ」
タバコを吸い終えた男は、ゴミの整理を始めた。それをしながら、つらつらと語るのだ。
「済みません……寂しくない、というのは嘘ですね。あなたに嘘をついても仕方ない。僕の骨は弟が拾ってくれるでしょうが、それでも一人で死ぬのは嫌ですね」
ワタシはどのようにして死んだのだろうか。何もかも忘れてしまったワタシだが、自分が死んだ人間だということは理解はしていた。
「骨といえば……両親の骨を続けて拾う羽目になったのは参りましたよ。母が死んでからたった一週間後に父もね。色々と大変でした」
初めて聞く話だった。この男の家族はもう弟しかいないのだろう。弟が来た夜、やたらと嬉しそうにしていたのはそういうわけだったのか。
「そろそろ、お水下げてもいいですかね。まあ……要らなかったら申し訳ないです。僕の気が済まないだけ。自己満足です」
ワタシは立ち去ることにした。ふより、と扉の方に向かった。
「……明日もお待ちしております」
夜の街をワタシは漂う。考えたいことがたくさんあった。考えても仕方のないことが。
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