012 兄
あれ、こんなところに店あったんだ。
昔のバイト仲間との飲み会の帰り、真っ直ぐ帰りたくなくて何となく散策していたら見つけた。ショットバーっぽいし、寄ってみるか。
「いらっしゃいませ」
客はおらず、顔立ちの整ったメガネの男性マスター一人だけだった。俺は椅子に座りタバコの箱をカウンターの上に置いた。
「ビールください」
「かしこまりました」
ふぅん……俺よりは年下かな。いい男だ。十年前だったら口説きにかかっていただろうけど、今はあいつを裏切れないしな。まあ、あいつは好き勝手やってるけど。惚れた弱みだ。
ビールを待つ間、あいつに連絡した。遅くなるから先に寝とけと。すると、起きていると返ってきた。どっちでもいいんだが。
「どうぞ」
「どうも」
いつの間にか灰皿が置かれていた。俺はビールを飲みながら、タバコも吸った。マスターが聞いてきた。
「今日はどこかに行かれていたんですか?」
「ああ。鳥よし、っていう店に」
「あそこいいですよね。僕、締めの親子丼好きです」
「おっ、俺も食べましたよ」
ひとしきりその店の話をした後、俺はカクテルを注文した。
「ジンライムです」
俺にとっては曰く付きのカクテルなんだが……バーに来ると必ず飲みたくなる。
「美味いですよ」
「ありがとうございます」
ここ、通ってもよさそうだな。俺はマスターに言った。
「今度弟と一緒に来ますよ。半分しか血は繋がってないんですけどね。ザルでね。俺よりよく飲みます」
「ありがたいです。僕にも弟がいますよ。酒の強さは同じくらいですかね」
すると、あいつが電話してきやがった。どこにいるの、だってさ。
「……
全く、自分は平気で朝帰りしてくるくせに。これを飲んだら大人しく出るか。マスターが尋ねてきた。
「弟さんですか?」
「うん。一緒に住んでましてね。うるさいんですよ」
さっきの店では料理を優先していてあまり飲まなかったから、あともう一杯はいきたかったんだが。俺はマスターに言った。
「一応、名刺か何かもらえます? 適当に歩いてきたんで、また来れるか不安で」
「はい。わかりました」
マスターの名前は川上恭也、とあった。読み方はきょうや、でいいのかな。下の名前で呼ぶこともないと思うが。
「じゃあ、帰って弟の機嫌とりますよ」
「ふふっ、兄は大変ですよね」
そんな弟と恋人同然の付き合いをしていることは……ここではとても言えないな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます