010 終わった関係
今さらどのツラ見せて、と思われるかもしれないが、恭也が店を出したと聞いて、いてもたってもいられなかった。
「いらっしゃいま……」
「よう。久しぶり」
他に客が居ないのはちょうどよかった。俺はなるべく涼しい顔をして腰掛けた。
「……ご注文は」
「ジンライムで」
「かしこまりました」
目線は手元に落としつつ、恭也がぼそりと言った。
「来るなら連絡して下さいよ」
「悪い。今回はおめでとう」
「
入籍は半年前に済ませていた。式を挙げたのが先週。その時、俺たちの師匠である貞本さんを呼び、恭也が独立したことを知らされたのである。
貞本さんは、俺と恭也の関係に最後まで気付かなかったのだろう。でないと、あんなに朗らかな顔で恭也の店のことを話すはずがない。
「恭也も一杯飲めば?」
「ありがとうございます、拓馬さん」
敬語。さん付け。すっかり距離を置かれてしまったな。まあ、別れ話を切り出したのは俺だから。無理もないだろう。
「できましたよ」
恭也と乾杯した。貞本さんの店では俺の方が先輩だったが、恭也は飲み込みが良く、あっという間に追い越された。今の俺は不動産会社に収まっており、もう酒の作り方など忘れてしまった。
「美味いよ。さすが恭也だな」
「お世辞でも嬉しいですよ」
さて、勢いでここまで来てしまったものの、話題を準備してこなかった。恭也の顔も上手く見れず、視線を彷徨わせていたら、先にやられた。
「いいんですか、奥さん放っておいて」
「……少しくらい平気だよ。それに、連れてくるほど鬼畜じゃないよ」
あの頃の恭也は、俺との未来を真剣に考えてくれていたのだと思う。俺はそれから逃げた。法律婚できない関係から。
「恭也は、あれからどうしてた」
「ずっと一人ですよ。気楽なので」
恭也は自分のグラスの中身をぐっと飲み干した。おそらくハイボールを入れていたのだろうが、そんなに一気にいかなくても。恭也なりの意思表示だと察した俺はこう言った。
「これ飲んだら帰るよ。また来てもいいか?」
「断っても来るんでしょう、どうせ。好きにしてください」
元のように、とまではいかなくても、もう少し歩み寄ることはできないだろうか。そんなこと、考えること自体が図々しいか。
時間を置こう。俺も考えたいことが色々とある。最後にようやく、恭也は目を合わせてくれて、少しだけホッとしたのだった。
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