007 偵察
俺がバイトしている店の近所に、新しくバーができたらしい。派手な宣伝はしていないようで気付かなかった。
ネットを見ると、一件だけレビューが載っていて、オープンは一ヶ月前だった。ちょいと様子を見てくるか、と一人で向かった。
「いらっしゃいませ」
メガネをかけた中々の色男だった。歳は俺と同じくらいか。棚に並んだボトルを見れば、ショットバーに置くには珍しいウイスキーもあり、期待できそうだ。
「デュワーズソーダで」
タバコを吸いながら、そのマスターの手つきを眺めた。技量はうちのマスターと同程度だな。俺もそのくらいのことはわかるようになったものだ。
「どうぞ」
うん……結構美味い。氷もきちんとしたものを使っていた。さて、コソコソ偵察するのは俺の性に合わない。さっさと素性を明かすことにした。
「俺、この近所のショットバーでバイトしてるんですよ」
「ああ、同業者の方でしたか」
「新しい店には直接足を運んでみたくて。いい店ですね」
「ありがとうございます。あなたにそう言っていただけると心強いですよ」
丁寧な物言いはうちのマスターに似ているな。気が合うんじゃないだろうか。今度連れてこよう。俺はポケットから名刺入れを取り出した。
「名刺、渡しておきますよ。俺は
「川上です」
川上さんは俺の渡した名刺をじっと眺めた。
「……ああ、あそこのビルですか。わかりました。一度お伺いしても?」
「もちろん。土日なら俺もシュウさん……うちのマスターも二人ともいるんで。といっても、こちらも営業中ですよね」
「たまの息抜きで行かせて頂きますよ」
社交辞令でこう言って、実際は来ない場合も多いのだが、川上さんは近い内に本当に来てくれそうな予感がした。俺はボトルを眺めた。
「次、どうしようかな……かなりウイスキーに力入れてますよね?」
「はい。僕が好きなもので」
「決めた。レッドブレスト十五年、ロックで」
それからしばらくウイスキー談義。俺は正直そこまで詳しくないので、一方的に教わる形だった。川上さんの師匠にあたる人がウイスキー好きだったらしく、それをそのままなぞってしまったのだとか。
「ふふっ……川上さん、話尽きないっすね」
「済みません。どうもお酒のことになるとお喋りになるみたいで」
くしゃりと無邪気に微笑む顔は、どこか少年のようで。俺が女だったら落ちてたな。明日出勤したら、うちのマスターに報告しなきゃな、と思いながら店を出た。
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