004 弟

 兄も連絡の一つくらいよこしてくれたらいいのに。

 今何してるのか聞いてみたら、自分の店出した、だなんて返されて。ショットバーで働いていたことは知っていたけれど、まさか独立したなんて思ってもみなかった。

 行くから店の名前教えろ、と送ったら看板の写真が返ってきたのだが、つい吹き出しそうになってしまった。じいちゃんの名前使ったのか。許可取ってんのか。今天国だけど。


恭也きょうや、来たぞ」


 かしこまった服装の兄は見慣れなくて、なぜかこちらがムズムズしてしまった。


「ああ……龍也りゅうや。適当に座って」


 ぐるりと店内を見渡した。酒ばっかり。無駄な装飾がないのが兄らしい。


「とりあえずビールちょうだい。恭也も飲めば?」

「ありがとう。そうする」


 オレたちは乾杯した。思えば、兄弟二人だけで酒飲むなんて初めてだな。


「で? 客入ってんの? こんな辺鄙な場所でさぁ」

「まあ……あまり騒がしくしたくないから。これくらいが丁度いいよ」

「おっ、じゃあオレが騒ごう」

「やめて龍也」

「冗談だって」


 オレと兄は二つ違い。オレが二十八歳になったから……兄は三十歳になったのか。確かに節目の年なのかもしれない。


「龍也は仕事続けてるの?」

「何とかね。月末月初だけ忙しいけど後は楽だし、このまま居るつもり」


 オレは建設会社の労務管理をしていた。システムを見てメールを送るだけなら在宅でもできるので、繁忙期以外は出社していなかった。


「恭也、彼女とかいるの?」

「ないない。龍也こそ」

「社会人になるとさー、出会いないんだよ」


 そうは言ったものの、映画に小説にいくらでも趣味はあるし、出会いを求めてすらいないのが現状だった。兄も店を始めたばかりだから、きっとそうなのだろう。


「あっ、恭也、名刺何枚かちょうだい。友達に配っとく」

「誰彼構わずしないのならいいよ。渡しとく」


 名刺の色は看板と同じ緑色だった。オレはそれをポケットに突っ込んだ。


「それにしても、水くさいよな。実の弟にちゃんと言えよ。店持つなんてめでたいことなんだから」

「タイミング逃しちゃって。開店の時は貞本さだもとさんだけ来てくれればよかったし」

「その人って恭也の師匠だよね?」

「うん」


 オレはビールをちびりと飲み、タバコを取り出した。


「あれっ、龍也吸ってたっけ?」

「そうだよ。恭也は?」

「吸うけど……こっちに居る時は我慢してるよ」

「どうせ他に客こないって。吸えばいいじゃん」

「じゃあ……」


 兄と二人きり、カウンターを挟んで、もくもくと煙を出した。今度は誰か誘って来ようか。

 


 

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