003 傷心
他に男がいたなんて。
ベッドで囁いてくれたあの言葉も、誕生日のネックレスも、全て意味がひっくり返ってしまった。
やけ酒はしたいが人の多いところは嫌だ。そうして、辿り着いたのがそのバーだった。
「いらっしゃいませ」
マスターだろう。その男性は、スッキリとした黒髪で、彫りの深い顔立ちだった。
「ビールで」
サーバーからビールを注いだマスターは、静かにカウンターにグラスを置いた。
「どうぞ」
こういう店ではゆっくりと味わうのが本来のマナーだろうが、俺は半分ほど一気に飲んだ。それから尋ねた。
「何か軽くつまめるものあります?」
「そうですね。ナッツやチーズ、ドライフルーツなどがありますが」
「ナッツですかね。ビールに合いますし」
「かしこまりました」
四角い皿に盛られたナッツを出してもらった。程よく塩がきいていて美味かった。ビールばかり何杯も飲んで、酔いが回ってきた俺は、つらつらと語り始めた。今日の出来事を。
「……彼女の部屋に忘れ物取りに行ったら、男と寝てたんですよ。見る目ないですよね。付き合って二年経ってたっていうのに、気付かなかった」
「そうでしたか。大変でしたね」
こういう商売の人だ。酔っ払いの繰り言など軽く流してくれるだろう。俺は続けた。
「彼女との写真全部消して、プレゼントも捨てて。スッキリしましたけどね。でも、この二年間はなんだったんだろうって。俺、バカみたいだな」
「お客様は悪くありませんよ」
「いや……俺がどこか悪かったんだろうな。だから男作りやがった」
思えば、あんなに美人な女が、俺と付き合ってくれていただなんて、最初からおかしかったんだ。
「次の恋愛、できるのかな、俺……」
すると、マスターは言った。
「急ぐことはありませんよ。恋愛以外にも、楽しいことはいくらでもあります」
「ははっ、その一つが酒ですかね?」
「そうですね。もしよければ、ビール以外もお試しになりますか?」
俺はガシガシと頭をかいた。
「うーん、思いつかないから、完全にお任せでいいですか。度数強い分には構わないんで」
「はい」
そうして作ってくれたのは、白いカクテルだった。
「ダイキリです」
「へぇ……」
甘酸っぱくて飲みやすかった。普段はこういう酒は飲まないが、たまにはいいか。俺は言った。
「また来ます。色々教えてくださいよ」
「ええ。いつでもいらしてください」
マスターの言う通りだ。何も今すぐ次の女を探さなくてもいい。恋愛だけがこの世の全てではないのだから。
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