002 迷子

 どうしよう、迷子になっちゃった。

 飲み会の後、タバコが切れて、買える店を探してうろうろ。タバコ屋が見つかって、そこで補給できたからいいのだけれど、随分遠くまで来てしまっていたようだった。

 駅はどっちだろう……。

 あたしは地図が読めない。アプリを開いたところで、自分の位置はわかっても、どちらに踏み出せばいいのかわからない。

 そうして闇雲に歩いているうちに、バーのようなところに着いてしまった。

 意を決して扉を開けた。周りに他の店もないし、聞けるとすればここしかないと思ったのだ。


「済みません……」


 黒いベストに黒いネクタイを締めた、マスターらしき男性と目が合った。


「あの、迷ってしまって。駅までの道を教えて頂きたいのですが」

「ああ……ここからだと言葉では説明しにくいですからね。ご案内しますね」


 そう言って、マスターはカウンターから出てこようとするので、あたしは焦ってしまった。


「あのっ、そんな、悪いです!」

「いえいえ。店なら一旦閉めておきますので」

「じゃあ、一杯飲んでいきます!」


 言ってしまってから、あたしは後悔した。さっき散々飲んでしまったから、これ以上は明日に響くのだ。


「あ、あの……何か、ノンアルコールでもいいですか? 何でもいいので」

「もちろん。炭酸は無い方がいいですか?」

「そうですね……」


 マスターは何やら三つくらいボトルを取り出し、シェイクして可愛らしい逆三角形のグラスに注いでくれた。


「わあっ……」

「シンデレラです」


 少し酸味のあるフルーティーな味わい。何種類かのジュースが混ざっているのだろう。カクテルの名前もぴったりだ。終電は日付が変わる頃だから。

 でも、まだ余裕がある。あたしは買ったばかりのタバコを取り出した。マスターはすぐに灰皿を出してくれた。


「あっ、他のお客さん来たらまずいですよね。早く飲まないと」

「いえ。お恥ずかしいことに、うちはそんなに流行っていないんです。きっと大丈夫ですので、ごゆっくり」


 本当にお客さんは来なかった。私は会計をして、マスターに駅まで送ってもらった。彼はあたしが改札を通ってからも、笑顔で見守ってくれていた。

 いい人だったなぁ。また行こう。今度はきちんとアルコールのカクテルを頼もう。

 そう考えながら電車に揺られていたのだが、道順を覚えていないことに気付いた。店の名前もわからなかった。

 あたしはまた……辿り着けるだろうか。

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