第38章 島の魂

第148話 孤島

Side:ドリフト・マスタマリナー


 わしは、ドリフト・マスタマリナー。

 無能な船長だ。

 嵐に遭い、船は死の領域へと流された。

 シナグル工房の助けを借りて、船員は陸地に戻したが、わしは戻らないというか船を捨てない決断をした。

 転移の魔道具で船と家を行き来する毎日。


 無能船長でも、漂流船長でも、好きな名前で呼んでくれ。


 今日もひとり船を操船する。

 見えない帆の魔道具が、風を受ける。


 舵の魔道具は直進だ。

 魔力は十分。

 ジェット水流の魔道具を使うと、船がぐんと加速した。


 「ヘイホー♪ヘイホー♪船は進んで行く♪行先なら♪風に聞いてくれ♪港に着きゃ♪大騒ぎ♪……」


 陽気に歌いながら、潮風を受ける。

 今日も晴天だ。


 むっ、島が見える。

 死の領域に島があるとは。


 島の近くまで行き、魔道具の碇を降ろす。

 魔道具の魔力が切れるまで、ここに停泊しよう。

 船にとっては、久しぶりの陸地だ。


 小舟を降ろしてそれに乗り込む。

 用心のために武器も携えてだ。


 島に近づくと煙が見えた。

 モンスターのブレスでなければ、人間の起こした火だろう。


 死の領域にモンスターはいないはずだから人間だろうな。

 オールをこぐ手に力が入る。

 やがて、小船は砂浜に着いた。


 貝を採っている男がいる。


「やあ」


 わしは陽気な口調で声を掛けて、片手を上げた。


「おう」


「ここはどういった島なんだ?」

「何だって! もしかして外から来たのか?!」

「あそこに船が見えるのだろう」

「本当だ。あんた凄いな。尊敬するぜ」

「わしなんか、ただの無能だよ」

「家に招待させてくれ。ここには漂流して辿り着いたんだが、母国がどうなのか聞きたい」

「良ければ帰ることもできるが」

「ああ、くそっ。そうか」


「何かあるのか?」

「家族がいるんだよ。この島でな。今更帰れない」


 男の家に辿り着いた。

 家は木でできていて、屋根には葉っぱが瓦の代わりにすいてある。

 豪華とは言えないが、住み易そうな家だ。


 庭には無造作に果物が積んであった。

 そして魚の干物が干してある。


「あなた。あら、お客さん? 見慣れない人ね」

「島の外から来たらしい」

「そう……」


 とても歓迎されている雰囲気ではない。

 男の女房は、夫が母国に帰ってしまうと考えたんだな。

 わしには立ち入ることのできない問題だ。


 男に母国の話を聞かせる。

 周辺国ではなかったが、船乗りは色々な国へ行く。

 どうぜんその国に立ち寄ったこともある。


 男は、話を聞いているうちに郷愁の念に駆られたようだ。

 家族との板挟みになっている。


 わしは残酷なことをしてしまったのだろうか。

 この男を救ってやりたい。

 聞けばこの村には他にも漂流して辿り着いた者がいる。


 船乗りとして漂流者は助けてやりたい。

 どのような形が良いだろうか。

 男はここに根を張った。

 それは尊重してやりたい。

 おそらく家族は男の国への引っ越しには難を示すだろう。


 生活基盤がないからな。

 男の親戚や家族を頼ることもできるだろうが、かなりの苦労を伴うはずだ。


 みたところ、ここでの生活は楽園と思えるほど豊かだ。

 食材の宝庫のような感じがする。

 わしも、老後はこんな島で過ごしたいと考えるぐらいに素晴らしい島だ。


 争いもないんだろうな。

 モンスターもいない。

 本当に楽園だ。


 一番良いのは島と大陸が転移の魔道具で行き来できることだ。

 それにはシナグルの手助けがいる。


 島と大陸を繋ぐ転移魔道具。

 その対価は何が良いだろうか。

 シナグルが頷いてくれる対価が必要だ。


 必死になって、みんなが幸せになる方法を探るだったな。

 まだ碇の魔道具の魔力は残っている。

 考えないといけないな。


 おそらく金貨や銀貨を集めても無理だろう。

 心揺さぶる品が必要だ。


 その前に男の意思を確かめないといけない。


「もし、島と大陸を行き来する方法があったらどうする?」

「本当か! 里帰りできるならしたい! 生きていれば親にも孫達を見せてやりたい」

「ああ、それには心のこもった特別な品物が必要だ」


「俺達の魂の品か。何が良いだろうか?」

「わしの船は答えが出るまであそこに停泊する。嵐でも来ない限り考える時間はある」


 わしは、お土産に果物を貰って、船に戻った。

 潮の流れを確かめて、碇を上げる。

 帆を畳み、舵を固定した。


 この島を海図に記載。

 航海日誌を書いた。


 魂の品か?

 ふむ、漂流しても身に着けていた品辺りか。


 だが何か違うような気もする。

 違うというか、欠けているというべきか。


 転移の魔道具で家に帰った。


「あなた、おかえりなさい」

「おう、帰ったぞ」


 妻が出迎えてくれた。

 島の話を家族にする。


「お父さん、欠けているのは、漂流してた人達の想いじゃなくて、島に暮らしていた人達の想いです」


 息子に言われてぴったりとパーツが嵌った気がした。

 転移の魔道具は確かに漂流者が使う。

 だが、島の住人も使うことになるだろう。


 となると、漂流者の品は身に着けていた物で良いとして、島の住民の品が別に必要だ。

 何だろう。

 考えても分からん。

 島の人間に聞いてみる必要がありそうだ。


 明日、島に行ってから、聞いて考えるか。

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