第102話 手織りの絨毯

Side:ブルータ


「さあ良い子だから、手の錆びたナイフを下ろせよ」


 俺は笑顔を作った。


「ギャフ」


 ゴブリンが笑う。

 そしてじわじわと後退る。

 このまま逃げるつもりだな。

 しかし、そうは問屋が卸さない。

 恫喝のクールタイムが終わった。


「【恫喝】止まれ」


 ゴブリンは硬直した。

 手下がゴブリンに飛び掛かり、人質と引き離す。

 人質は腰を抜かした。


 なぜかゴブリンの硬直が解けた。

 ゴブリンは人質を蹴り倒し、人質の喉を足で押さえた。

 手下はゴブリンの首を絞めた。

 ゴブリンは苦しくなってもがく。

 そして、手下の脇腹にグサグサと錆びたナイフを突き立てた。


 俺は剣を拾い、ゴブリンに突き立てた。


 手下が倒れる。


「えへへ、人を守って死ねましたぜ」


 くそっ、俺より先に人を守って死ぬなんて許せない。

 オーガの時も思ったが、今回も手下の笑顔が癪に障った。


「そんなことは許せない。頭ってのは一番美味しい所を最初に味合うものだ。一番いいポーションを使ってやる」

「がふぅ」


 手下が完治した。


「言っとくが、俺より先に死んだら殺してやる」

「くっそう、人助けして死ねたのに。頭ったら酷い。横暴だ」

「俺より先に天国へ行かれてたまるか」


「あの、ありがとうございます」


 少女がお礼を言う。

 良心の痛みが少し和らいだ。


「おい、お前、死にそうになった罰だ。お嬢さんを村まで送ってやれ」

「へい」


 死にぞこなったぜ。

 ゴブリンの上位種から魔石を採る。

 これで、またポーションを仕入れよう。

 手下は俺より早く死なせない。

 それが筋ってものだ。


 ゴブリンの巣穴で殺したゴブリンから、魔石を採って、隠してあるお宝を漁っていたら夕方になった。

 あの少女を送って行った手下が野菜をたくさん抱えて戻ってきた。


「おい、それを寄越せ」

「ええっ、みんなで食おうと思ったのに。そりゃないぜ」

「つべこべ言うな」


 俺は野菜を抱えると、人々の危機を報せる魔道具を願った。

 あの扉が現れる。

 扉を開けて中に入った。

 シナグルと頭の良さそうな女の店員がいた。


「邪魔するぜ。この野菜を対価に危機を探す魔道具を作ってくれ」

「ヒーローが持ってそうな魔道具だな」

「いい魔道具ですね。あとで魔道具ギルドに卸して下さい。守備兵に売り込みます」


「ヒーローなんてよせやい。そんな柄じゃない。俺は良心の呵責から逃げたいだけだ。早く楽になりたい。作ってくれるのか? どうなんだ?」

「作るよ。採れたて野菜を持って来られたらな。村人の感謝の気持ちが染み込んでいる野菜だものな」

「まあそうだな」


「ラーララ♪ラ♪ラー♪ラ♪ラーララーラ♪ラー♪、ラーララ♪ララー♪ラーラ♪ラーラーラ♪ラ♪ララーラ♪。これで良い」


 安物のネックレスに使うような鎖の先端に、核石と溜め石と導線が付けられたそれを受け取った。


「ありがとよ」

「それとこれはおまけだ。治癒の魔道具だ。使え」


 木の十字架の魔道具を渡された。


「おう、恩に着るぜ。これで手下を死なせずに済む。俺が真っ先に死なないとな」

「生きていればいつか赦されるかも知れない。それを目指すんだな」

「そんな日は来ない。いままで何人ぶっ殺したか分からない。邪魔したな」


「ピュアンナ、鍋にしよう。一緒に食うか」

「ええ」


 扉から出て、治癒の魔道具を怪我をしている手下に使う。


「くそっ、この傷が元で死ぬ予定だったのに」

「俺もだ」


「お前らは先に死なせない。美味しい所を最初に味合うのは頭だ」

「横暴だ」


「それが頭ってもんだ。さあ危機を探知するぞ」


 俺は危機探知の魔道具を使った。

 こっちだな。


 狼の遠吠えが聞こえる。

 野営中の商人の馬車がフォレストウルフに囲まれてた。


「お前ら、チャンスだぞ。フォレストウルフに噛みつかせて、止めを刺せ。運が良ければ相打ちであの世に行ける」

「おう」

「今度こそ」


 手下がフォレストウルフに向かっていく。

 どいつもこいつも喉笛を突き出しやがって。

 フォレストウルフは罠を警戒したのだろう。

 手下の手足に噛みついた。


 手下はがっくりして、フォレストウルフに怒りの一撃を突き入れた。


「何で喉を一思いにやらない」

「くそっ、また生き残った」

「ほらよ、怪我した奴は並べ。治癒してやる」


 手下の何人かがさりげない素振りで離れた。


「お前ら、怪我しているな」

「くそっ、ばれた」

「噛みつかれて血が出ているぞ。丸わかりだろ」


「村の自警団の方々ですか?」

「まあそんな感じだ」

「ありがとうございます。フォレストウルフの毛皮は高値で買い取らせて頂きます」


 良心の痛みが少し和らいだ。

 感謝の気持ちが心地いい。


「おう、その金でポーションを買いたい。あるか」

「ございます」


 ポーションを手下に配った。

 こいつらすぐに使えない場所に仕舞いやがった。

 使わないつもりだな。


 まあいいさ。

 助ける時に使えば良い。


「グルルルル!」


 フォレストウルフの特大の唸り声が聞こえた。

 通常の何倍もの大きさのフォレストウルフが現れた。

 こいつはボスか。

 手下を殺されて怒り狂っているらしい。


「【恫喝】、お座り。【強打】」


 俺の一撃はかわされた。

 上位種には恫喝スキルも効かないか。


 俺は胴体を噛まれた。

 そして、食い千切られた。

 ボスフォレストウルフが俺の腹を食い千切った瞬間に、手下達が剣を突き立てる。


 やった。

 これで死ねる。


「頭だけに良い思いはさせませんぜ」


 と思ったら、治癒の魔道具が使われてしまった。

 なんてことをするんだよ。

 げっそり痩せた俺を見て手下が笑う。

 こんなの食い物をたくさん食べれば、すぐに元通りだ。

 覚えてろよ。


 いや、次の危機で死ねるかも知れない。

 本調子じゃないからな。


「フォレストウルフの上位種の毛皮は金貨10枚で買い取らせて頂きます」

「そんなのより心のこもった品という奴はないのか」

「心のこもった品でございますか」

「ああ、真心が分かるような品だ」


 でないと、あいつに魔道具を作って貰えない。


「でしたら、これなんかいかがです」


 差し出されたのは手織りの絨毯だった。


「それで良い」


 心のこもった品に間違いないからな。

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