第5章 職人の心構え
第18話 思い出の羽ペン
Side:ピュアンナ
私はピュアンナ。
魔道具ギルドの職員。
仕事は好きだけど、机に積まれた書類を見ると、ぞっとする。
もう、なんで清書の仕事がこんなにあるのよ。
信じられないぐらいあるんですけど。
シナグルに頼むしかないわね。
シナグルは冒険者ランクがSになって、お貴族様になっているので、ちょっと近寄り難い存在になったのよね。
シングルキー卿って呼ばないといけないのね。
指名依頼受けてくれるかしら。
駄目ね。
私、程度が指名依頼を出せない。
貴族からの依頼でないときっとお貴族様は受けてくれないわ。
仕方ないランク外として依頼を出しましょう。
きっと誰も受けないわよね。
清書の魔道具なんて聞いたことがないもの。
くっ、羽ペンのペン先が潰れた。
インクが垂れて今まで書いたのが台無し。
また書き直さないと。
ナイフでペン先を少し削る。
これだから安物は。
あー、何もかも投げ出したい。
私は机の引き出しを開けて、古ぼけた羽ペンを見て、やる気を充填させた。
この羽ペンはグリフォンの羽で出来ていて、引退した先輩からの私への贈り物。
ペン先は何度も潰れ、ナイフで削ってもう削れない。
でも、くじけそうになった時に見て力を貰うの。
先輩、見てて下さい、ピュアンナはこの羽ペンに相応しい職員になります。
新しい羽ペンで依頼書を書き上げた。
どうか、誰か受けてくれますように。
私はFランクの掲示板に依頼書を貼った。
ぬっと、手が伸びて来て、その依頼書を剥がす。
シ、シナグル。
えっ、ランク外の銀貨1枚の依頼よ。
受けちゃうの?
何で?
確かに、これを成功させれば、ランクがひとつ上がるけど。
「ピュアンナの依頼だったのか」
「シングルキー卿に置かれましては、ご機嫌麗しく」
「そういうのはいいから。俺は魔道具職人。それ以上でもなければそれ以下でもない。普段通り喋ってよ」
「依頼を受けてくれてありがとう。でも清書の核石なんて聞いたことがないわ」
「ソルが珍しい核石を色々と送ってくれるんだ。おれもこの前、大量に手に入れたし」
「都合よく清書の核石があったわけですか」
怪しい話だけど、なんで銀貨1枚でいいのよ。
銀貨1枚といったら、ちょっと高い定食1つ分。
とてもじゃないけど、一番安い核石の値段にもならないわ。
「そう箱ひとつ分ね」
私はいくらなんでもそれはおかしいと突っ込みたくなった。
でもこの人は貴族。
言葉は普段通りで良いとは言ってくれたけど、さすがにそれはためらわれた。
「私は広告塔になったら良いんですね」
「うんうん」
「かしこまりました」
清書の魔道具が1時間もしないうちに届けられた。
たしかに腕の良い職人なら、1時間でできるでしょう。
清書の魔道具は四角い形で、隙間が空いている。
どう使うの?
「ええとね。隙間に紙を入れるんだよ。で魔道具を起動」
「あー、一瞬では文字が書けないですけど、遅くもないですね。綺麗な字ですね。インクはどこから入れるのですか?」
「うん、焼いて印字しているからインクは要らないんだ」
えっと、核石の動作を説明できると。
やだ、核石の秘密を解いているんじゃないの。
秘密を知った私は、殺されたりしないわよね。
ここでの一言が私の生死を分ける。
「そんなこと分かるわけない! 核石の秘密を解かない限り!」
言ってしまった。
「そこはね。まあ秘術。伊達に底辺から貴族に成り上がってないよ。まあ核石の秘密を解いたかどうか、否定も肯定もしない」
「そういうスタンスで行くのですね。声を荒げてもうしわけありませんでした。清書の魔道具は秘術で作ったと説明しておきます」
シナグルはちょっと意地悪。
矢面に立たされるのは私なのよ。
でも、この便利な魔道具を広めないわけにはいかない。
カウンターの上に清書の魔道具在庫ありますのポップを立てた。
「これってどういう魔道具?」
さっそく食いついた。
「やってみますね」
紙の端を魔道具に入れる。
起動して文章を思い浮かべる。
ゆっくりと紙が吸い込まれ、字が書かれて出てくる。
「綺麗な字だね。ちょっと変わっているけど読めなくはない。いいや、返って読み易いかも」
文字と文字は繋がってなくて少し離れている。
でも確かに慣れれば読み易い。
「特価でひとつ金貨1枚です」
「よし買おう」
私は説明書きを魔道具の上に置いた。
客は隅から隅までそれを読んで口を開いた。
「ふむ、核石が壊れたら。マイスト工房までとあるね」
「ええ、格安で直すそうです。銀貨1枚だそうです」
「それは安いね。この魔道具の在庫はどれだけある」
「たぶん百はいけると思います」
「全部くれ」
これって転売目的よね。
いいのかしら。
シナグルに殺されたりしないかな。
「あの転売なされると、卸してくれた方が貴族なので大変なことになるかと」
「ふむ、ではその貴族の派閥にしか売らない。マイスト工房で話を聞けるのだろう」
「ええ」
少し面倒なことになったわね。
あっ、シナグルが見えた。
ここで声を掛けなかったらまた面倒なことになりそう。
「シナグルさん!」
「ええと、何かな?」
「こちらの方が清書の魔道具を仕入れて転売したいそうです」
「転売かぁ、うーん、別にありだな」
えっ、ありなの。
「あの、いくつ売ってもらえますでしょうか」
客が揉み手してそう言った。
「うん、何千個でもいくつでも」
「えっ」
「いやー、まとまって核石が見つかるなんて、それも全部同じやつ。ラッキーだったな」
「そうでございますか」
「うん、いくらでも売るから」
ちょっと、まって。
この魔道具だけで巨万の富を築けるのでは。
私、そのアイデアをただで上げてしまったお人好し。
「シナグル、ケーキ驕りなさい」
「かなり儲かったから、いいけど」
けど、何なの。
惚れるなよとか言うつもり。
うぬぼれているわね。
それとも私の自意識過剰。
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